自然災害伝承碑 災害の記憶を後世に 国土地理院、地図掲載900基

2021年4月14日 07時10分
 この地図記号を知っていますか? 地震などの自然災害を伝える「自然災害伝承碑」を示す。国土地理院は2年前から全国に点在する伝承碑を地図に掲載しており、その数が先月末で約900基に達した。首都圏では1都6県の33区市町で計100基を掲載。伝承碑には悲劇の再発防止を願う先人の思いが込められている。今日14日は熊本地震から5年。
 津波、土砂災害などは、同じ場所で何度も繰り返される傾向が強い。自然災害伝承碑は過去の実例、教訓を伝える。
 江東区木場に対になった二基の伝承碑が残る。地下鉄木場駅から徒歩数分。平久(へいきゅう)橋のたもとにある波除(なみよけ)碑は、江戸時代に起きた高潮の悲劇を伝える。

<江戸時代の高潮> 江東区木場にある波除碑(奥)。右は平久橋

 一七九一(寛政三)年、大雨は満潮時に暴風雨となり、深川洲崎一帯は高潮で浸水、多数の死者・行方不明者が出たという。被害を重視した幕府は一帯の約一万八千平方メートルを買い上げて空き地とし、東西の北端に二基の波除碑を設置。当初の位置とは変わっているというが、平久橋の碑と対をなすもう一基は、東に約六百メートル離れた洲崎神社の境内にある。
 砂岩の碑は風化して小さくなる。平久橋の伝承碑も二百三十年の歳月を経て、設置時の三分の二ほどになってしまっている。説明板によると、ほとんど判読できない碑文には「波あれの時家流れ人死するものすくなからす」「此後高なみの変はかりかたく流死の難なしといふへからす」と記されているという。
 都心にも伝承碑は残されている。霞ケ関官庁街(千代田区)の一角、文部科学省に近い歩道沿いにある「工部大学校阯碑(しひ)」は死者十万人、全壊・全焼三十万戸超という日本史上最大の犠牲者を出した関東大震災(一九二三年)の被災の歴史を伝えている。

<1923年 関東大震災> 千代田区の文科省に近い工部大学校阯碑

 工部大学校は明治期、土木・機械などの学科を、招聘(しょうへい)された外国人教師が教えた。一八八六年、帝国大学(現在の東京大)と合併。跡地は帝室博物館などに使われ、その建物が震災で倒壊した。工部大学校の出身者らが倒壊した建物のれんがなどを利用して建立したのが、この碑。地図に掲載された都内の伝承碑はまだ二十三基だが、もっと多くの碑が点在している。
 国土地理院の安喰(あくい)靖・環境地理情報企画官は「西日本豪雨(二〇一八年)では百十一年前に同様の被害があったが、地元紙は『惨劇を伝える碑があることを知っていたが関心を持って碑文を読んでいなかった』『水害について深く考えたことがなかった』と住民の声を報じています。今後も伝承碑を通じ過去の教訓を伝えていきたい」と強調し、「身近にある伝承碑を地図に掲載したい場合は、最寄りの市区町村に伝えてほしい」と呼びかけている。 
<自然災害伝承碑> 地震や津波、洪水、火山などの自然災害の事例を記載し、地元の住民らが設置した石碑やモニュメント。当時の被災状況を記し、発生場所に建立されていることが多い。正確な数は不明だが、全国に数千はあるとみられる。「地域の防災意識の向上に役立つ」として国土地理院は2019年3月、地図記号を定め、同院発行の2万5000分の1の地図に掲載を始めた。地図は同院のホームページから見られる。碑が古く、漢文調で読みにくい碑文は今の言葉で説明し、住所や由来なども記載している。47都道府県267市区町村の898基(先月29日現在)を掲載。地震363基、洪水353基、津波330基(重複掲載あり)で、竜巻や火山災害の碑も。古い碑では島根県益田市に1026年の津波の碑や、千葉県一宮町に1677年の延宝房総沖地震の津波供養塔がある。沖縄県石垣市には約2000年前の津波を伝承する碑もある。

自然災害伝承碑が点在する江東区。木場地区にある2基の碑(赤線内)が高潮の被害を伝える伝承碑=国土地理院の地図から

<1974年 多摩川決壊> ※周辺は現在工事中のため近づけない(狛江市提供)

<2013年 伊豆大島の土砂災害> 犠牲者を悼む慰霊碑(大島町提供)

文と写真・加藤行平
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