元関脇麒麟児死去

2021年4月14日 07時29分
 大相撲の元関脇麒麟児(きりんじ)で激しい突っ張りの名力士だった垂沢和春(たるさわかずはる)さんが三月一日、多臓器不全のため死去した。日本相撲協会が十三日、発表した。六十七歳。千葉県出身。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。
 糖尿病と腎臓を患っていた。相撲協会関係者によると、二〇一五年夏ごろに頭部の腫瘍摘出手術を受けた影響で顔面にまひの症状が残り、体調が悪かった。
 故北の湖や二代目若乃花(ともに元横綱)らと同じ昭和二十八年生まれで「花のニッパチ組」の一人として人気を誇った。天覧相撲の一九七五年夏場所八日目には富士桜と壮絶な突っ張り合いを繰り広げ、昭和天皇が身を乗り出して観戦されたという逸話を残した。
 六七年夏場所で二所ノ関部屋から初土俵を踏み、七四年秋場所に新入幕。七五年名古屋場所で新関脇となり、幕内に通算八十四場所在位した。三賞受賞は十一度で、金星六個を獲得した。
 八八年秋場所を最後に三十五歳で現役引退後、北陣親方として二所ノ関部屋で後進を指導した。相撲協会では主に巡業部に所属。大相撲中継では爽やかな語り口の解説で親しまれた。

関連キーワード

PR情報