<わけあり記者がいく>消えた有権者200万人 投票を阻む国の自筆主義

2021年4月14日 07時42分

投票の意思確認の問いにうなずく三浦記者の母(右)=2019年7月、岐阜県内で

 「欠席裁判」という言葉がある。「本人のいないところで、当人に不利なことを決めること」だ。民主国家の日本ではあり得ない…と思うなら、さにあらず。衆院解散・総選挙の時期が取り沙汰されているが、心身が弱り、投票の意思があっても投票に行けない高齢者は「消えた有権者」として放置されたままだ。
 「わけあり記者」こと私、三浦耕喜(51)の母=享年八十三=も、その一人だった。認知症で入院する前は、選挙があれば必ず投票に行った。近所に懇意にしていた議員もいて、立候補のたびに応援に歩き回った。病床からでも、その議員の顔を見れば「今度も応援するから」と手を振っただろう。
 なので、入院中の二〇一九年にあった参院選でも投票できないかと考えた。病院内で不在者投票をするには、本人の意思を第三者に確認してもらうことが必要だ。母が入院する病院のスタッフにお願いした。家族の誘導を避けるため、私は母に近づけなかったが、スタッフが「選挙で投票したいですか?」と問うと、母はわずかにうなずいてイエスの意を示した。うれしかった。家族以外の人とコミュニケーションが成立している。
 だが、いざ投票するときの本人確認で母は自分を旧姓で名乗ってしまい、結局投票できなかった。残念だ。
 こうした「消えた有権者」は母だけではあるまい。私は各役所が公表している人口や投票率のデータを集め、突き合わせていった。
 一般的に高齢者の投票率は高い。近年の国政選挙でも、六十〜七十代の投票率はおおむね70%を超している。
 ところが、八十代以上になると投票率は五割を切り、40%台に落ち込む。過去の資料を見ると、現在の八十代以上も、六十〜七十代だった頃には七〜八割の投票率をたたき出していたことが分かる。
 その差は20%を超える。人口に換算すれば二百万人以上だ。もちろん、投票に行けない理由はさまざまあるだろう。だが、百万人単位でデータを動かしている要素としては、「加齢」以外、私には思い当たらない。しかも、この数字は八十代以上に限った控えめな条件で出したものだ。
 二百万人といえば、名古屋市の人口と大差ない。これだけの当事者が投票できない中で、高齢者福祉の行方にも関わることを決める。まさに「欠席裁判」と言えるのではないか。
 この「消えた有権者」が生まれた背景には、かたくなに自筆主義にこだわってきた行政府の怠慢があると私は考える。投票用紙さえ用意しておけば、いつ、どんな選挙があってもすぐ対応できる。候補者名や政党名は有権者が自分で書いてくれるからだ。
 海外では、投票用紙に候補者の写真を掲載し、読み書きのできない人でも選んだ方に穴を開けて投票できるよう配慮している国もある。
 日本では文字が書けない場合、守秘義務を課せられた公務員である選管の職員が代筆する決まりだ。それで憲法で保障された「投票の秘密」が守られるのか。昨今の公務員による不祥事を見よ。私には、はなはだ疑問だ。
 ヘルパーや家族の方が、投票の秘密を守る上でも、コミュニケーションを取る上でも、赤の他人である選管職員より信頼できる−。障害者がそう訴える代筆投票訴訟の控訴審が十九日から大阪高裁で始まる。注目したい。
<代筆投票訴訟> 公選法は、文字を書けない障害者らが投票する際、代筆などを担う補助者を選挙管理委員会職員らに限定している。この規定に対し、先天性脳性まひがある男性が「投票の秘密」を保障した憲法15条などに違反するとして提訴。大阪地裁は昨年2月「補助者は公務員で守秘義務を負い、政治的中立が確保される」などとして訴えを退け、男性が控訴した。
<みうら・こうき> 1970年、岐阜県生まれ。92年、中日新聞社入社。政治部、ベルリン特派員などを経て現在、編集委員。42歳のとき過労で休職し、その後、両親が要介護に。自らもパーキンソン病を発病した。事情を抱えながら働く「わけあり人材」を自称。

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