<社説>普天間合意25年 辺野古抜きの返還探れ

2021年4月14日 08時11分
 日米両政府が沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の返還に合意してから二十五年。返還の前提とされた名護市辺野古への移設は完了のめどが立たない。辺野古移設によらない返還の道を探るべきだ。
 一九九六年四月十二日夜、橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使が官邸で並んで記者会見し、普天間の全面返還を発表した。
 九五年に起きた米兵による少女暴行事件が、在日米軍基地の集中で過重な負担を強いられた県民の怒りに火を付け、沖縄の負担軽減策の象徴として日米合意に達したのが普天間返還だった。
 当時の合意では返還予定は五〜七年後。しかし四半世紀の長きにわたり合意が履行できないのは、この計画自体が、合理性や妥当性に乏しいからではないか。
 沖縄県民の負担を軽減するとしながらも、ヘリポートの県内移設を条件にし、政府が辺野古移設の計画を強引に進めたことである。
 二〇〇九年に政権交代した民主党の鳩山由紀夫首相は「最低でも県外(移設)」と公約したが、実現できずに結局、頓挫。
 安倍晋三首相時代の一三年には仲井真弘多知事が辺野古埋め立てを承認したものの、続く翁長雄志、玉城デニー両知事は反対を貫き、軟弱地盤の影響で国は設計変更も迫られている状況だ。
 地盤改良に着手できても、新基地の供用開始は早くて十二年後。市街地に囲まれた普天間の危険性は合意後四十年近く放置される。工費は当初の想定を大きく超え、一兆円近くに膨らむだろう。
 この地域の海兵隊は分散配置が進み、沖縄駐留兵力もグアム移転などで数年後には半減以下になる見込みだ。仮に辺野古移設が完了したとしても、アジア・太平洋地域の安全保障環境の変化に適応できる確証はない。
 菅義偉首相は「沖縄の心に寄り添う」と述べてはいるが、辺野古移設に固執する政治の怠慢を続ける限り、状況は打開できまい。
 バイデン米大統領が就任後初の外国首脳として菅首相と対面で会談するのは、中国をにらんだ日米関係重視の表れだろう。
 米国では会計検査院やシンクタンクが辺野古移設の実現性に相次いで疑問を呈している。今こそ、辺野古移設によらない普天間返還の道を探る好機ではないか。
 普天間返還が進まない要因は、日本政府の沖縄県民に寄り添う気持ちの欠如や見通しの甘さだ。これ以上、沖縄県民を翻弄(ほんろう)することは断じて許されない。

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