<社説>熊本地震5年 災禍続き復興の道半ば

2021年4月15日 07時22分
 二百七十六人が命を落とした熊本地震から五年を迎えた。二度の震度7をはじめ長期間にわたり余震が続き、被災者の心身を苦しめた。豪雨やコロナ禍も追い打ちをかけ、なお復興途上にある。
 熊本地震は二〇一六年四月十四日夜に「前震」が、二日後の十六日未明に「本震」が起きた。震度7を二度記録した初めての地震だった。熊本県民の一割に相当する十八万人が一時避難し、二十万棟が被害を受けた。震度5弱以上が頻発するなど、有感地震は一年間に四千回を超えた。
 絶えぬ余震に「また来るのではないか」「次はもっと大きいかも」という不安は尽きなかったことだろう。屋内ではなく車中泊を選ぶ人も多く、車中泊では行政がその実態を把握できないという現実も知らしめた。避難生活の心労やストレスなどから、災害関連死が犠牲者全体の八割を占めたことも大きな課題として残された。
 わが国で初めて本格的なDPAT(災害派遣精神医療チーム)が組まれた。全国各地から精神科医らが現地入りし、避難所などを回った。その任務を引き継ぐ形で、熊本県が被災者向けの「熊本こころのケアセンター」を開設したことも今後の先例となろう。
 センターによると、心のケアを必要とする人は徐々に減ってはいる。しかし、子どもを中心に心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、復興住宅などでは高齢者の孤独死が引き続き懸念される。現在も四百人強が仮設住宅などに暮らし、行政や地域によるきめ細かな対応がいっそう求められる。
 石垣や屋根瓦が崩れ落ちた熊本城の天守閣は修復工事を終え、二十六日から一般公開される。地元の大動脈であるJR豊肥線や国道57号、新阿蘇大橋は昨年から今年にかけ復旧・開通し、「地元の魂」という阿蘇神社も再建が進む。
 一方で、県が「観光復興元年」と位置づけた二〇年度は新型コロナの感染拡大で目算は大幅に狂った。さらに二〇年七月の熊本豪雨では球磨川の氾濫などで六十五人が犠牲になっている。
 熊本市内で十六日から、地元を元気にしようと復興映画祭が始まる。大西一史市長はその会見で、多くの支援に感謝しつつ、この五年を振り返り「簡単に復興って言うなよな、言えないなって思います」と涙した。災害で傷ついた心身を癒やし、日常を取り戻すのは並大抵のことではない。この節目に改めて被災地に思いをはせ、その言葉をかみしめたい。

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