「尾久初空襲」被害語り継ぐ 荒川で25日までパネル展 写真や図など20点も展示

2021年4月17日 07時12分

尾久本土初空襲の資料を展示した「ゆいの森あらかわ」の会場=荒川区で

 太平洋戦争中、米軍機が初めて日本の本土を襲った「ドーリットル空襲」で現在の荒川区東尾久が被害を受けてから十八日で七十九年。「尾久本土初空襲」とも呼ばれる空襲を語り継ぐパネル展が区内のゆいの森あらかわ(荒川二)で開かれている。二十五日まで。 (砂上麻子)
 尾久本土初空襲があったのは、一九四二年四月十八日正午すぎ。当時の尾久町八、九丁目(現在の尾久橋付近)に爆弾三個と焼夷弾(しょういだん)一発が投下され、死者十人、重軽傷者四十八人の被害が出たとされる。パネル展は、空襲体験者らでつくる「尾久初空襲を語り継ぐ会」が企画した。
 会場には、子どもの時に空襲を体験した堀川喜四雄さん(88)が描いた三点の空襲の絵が展示されている。爆弾で行商人が吹き飛ばされた様子や、間近で目にしたB25爆撃機を生々しいタッチで描き、空襲の恐ろしさが伝わる。
 開戦直後、ドーリットル陸軍中佐率いる編隊が初めて本土を爆撃した空襲は、軍が被害の詳細を伏せたこともあり、残された資料も少ない。堀川さんも「余計なことを言うな」と口止めされたという。数年前から、空襲を忘れないように当時の記憶を描き始めた。
 このほか、区内にある空襲の史跡の写真や空襲の攻撃地点を示した図など、約二十点が展示されている。北区から訪れた女性(59)は「初めて知った。空襲の被害が大きくて驚いた」と語った。
 十七、二十、二十四日(いずれも午後二〜午後四時)には会場に体験者が常駐し、空襲の体験を語る。

関連キーワード

PR情報

東京の新着

記事一覧