超訳 ケインズ『一般理論』 山形浩生 編・訳・解説

2021年4月18日 07時00分

◆軽めの文章で読み解く
[評]根井雅弘(京都大教授)

 四年前、英国のガーディアン紙(電子版)に、ケインズの『一般理論』が英国人の生活に最も大きな影響を及ぼしたアカデミックな著作だという公衆の投票結果が載ったことがある。たしかに、『一般理論』は、その後の経済学や世界の動きを大きく変えた偉大な著作である。だが、すでに一九三六年の出版から八十五年も経過しているので、いつまでもそれを「古典」として崇(あが)めるような態度はよろしくないのではないか。卓抜な語学力とシャープな頭脳を併せ持った訳者の執筆動機はこうではなかっただろうか。それゆえの「超訳」の試みだろう。
 だが、超訳といっても、本書はケインズの有効需要の原理のポイントはきちんとおさえており、決してケインズが言いもしなかったことが書いてあるわけではない。おそらく頑固な古典研究者は、ケインズの原文がまるでスウィングしたような軽めの文章になっていることに異議を唱えるだろうが、評者は例えばショパンをジャズ風にピアノで弾いたらショパンではない、というような考えは持っていないので、それほどの違和感はない。むしろ「マンガで学ぼう」というようなシリーズよりははるかに才能の要る作業であり、好ましいとさえ思っている。
 もちろん、個々の単語の訳は好みもあるので、いろいろと文句を言う人もいるだろうが、それは、ケインズの主張のエッセンスをわかりやすく伝えるという目的に比べれば、些細(ささい)なことである。
 訳者は、『一般理論』が時代文脈により、高評価と低評価を繰り返している謎を、ケインズの理論が「大ざっぱ」だからだと言っている。これは、たぶんケインズの師であったマーシャル伝来の言葉を使えば、「はっきり間違うよりもぼんやり正しいほうがよい」と翻訳できるかもしれない。
 一読して、齋藤孝さんの『座右のニーチェ』(光文社新書)を読んだときのような読後感を味わった。こういうケインズもいいものだ。
(東洋経済新報社・1870円)
<ジョン・メイナード・ケインズ> 1883〜1946年。20世紀を代表する経済学者。
<山形> 評論家、翻訳家。著書『新教養主義宣言』など。訳書『21世紀の資本』など。

◆もう1冊 

吉川洋著『ケインズ−時代と経済学』(ちくま新書)

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