<首都残景>(23)篠原演芸場 大衆のハートわしづかみ

2021年4月18日 07時08分

舞台と客席の距離の近さが魅力の大衆演劇。色とりどりの浴衣姿で舞台に立つのは、恋川純座長(右から3人目)率いる恋川劇団=いずれも北区中十条の篠原演芸場で

 篠原演芸場は、路地に総菜の香りが漂う中十条(北区)の街並みに溶け込むように立っている。軒下には「下町人情ふれあい劇場」の文字。知る人ぞ知る大衆演劇の殿堂である。
 開場は七十年前の一九五一年。当時、都内には五十軒もの大衆演劇の常設館があったという。娯楽に飢えていた時代、バラックのような小屋で、旅の一座が演じるチャンバラや、歌謡舞踊ショーに、人々は熱狂した。今、都内に残る常設館は浅草木馬館(台東区)、立川けやき座(立川市)を合わせた三館のみ。だが常連客は少なくない。
 取材した日は、開場前から行列ができる盛況ぶりだった。

開場前から行列をつくるファン

 劇場によると、コロナ対策のために二百十席ほどの席を半分にし、公演終了後に劇団員が総出で観客を見送る名物の「送り出し」も中止にしている。
 それでも地元の十条に住むという女性(78)は「お金があれば毎日来ちゃうのよ。イケメンの役者に会って、常連同士でおしゃべりをして、楽しいもの」。
 千八百円の木戸銭で三時間半もの舞台を楽しめる。場内で買える手作りのおにぎりも「おいしい」と評判なのだそうだ。
 四月は大阪から来た桐龍(きりゅう)座恋川劇団の一カ月公演。この日の芝居の演目はご存じの股旅もの、「沓掛(くつかけ)時次郎」だった。
 スター座長の「恋川純」が登場。名台詞(ぜりふ)で涙を誘い、アドリブで笑わせて、鮮やかな殺陣でうならせる。舞台でとんぼを切ると、一万円札のおひねりが飛んだ。まだ三十歳。父が創設した劇団で赤ん坊の頃から舞台を踏み、全国の学校を転校しながら育ったという。自他共に認める芝居の虫。その熱は客席にびんびんと伝わってくる。
 演目は日替わりであるため、家族を含む八人の団員を率いて一カ月公演で四十もの役を演じる。舞台が終われば、掃除から始まり、次の芝居の稽古、道具の準備などで寝る暇もない。
 「それでも舞台が大好きなんですねえ。お客さんが喜んでくれるなら、なんでもしたい」
 楽屋で化粧を落としながら恋川さんがにこりと笑った。熱くて温か。大衆演劇の魅力とは、これだろう。

荷物がぎっしりと積まれた座長の楽屋

 文・坂本充孝/写真・木口慎子
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧