日本初の鉄道敷設に尽力 佐藤政養の功績、書籍に 大倉精神文化研究所・増田さん「横浜の人に伝えたい」

2021年4月19日 07時06分

佐藤政養の功績を本にまとめた増田さん=横浜市中区で

 大倉精神文化研究所(横浜市港北区)客員研究員の増田恒男さんが、現在の山形県遊佐(ゆざ)町出身で、新橋−横浜間の日本初の鉄道路線敷設に尽力した佐藤政養(一八二一〜七七年)の功績をまとめた書籍「佐藤政養とその時代−勝海舟を支えたテクノクラート」を刊行した。増田さんは「横浜ではあまり知られていないが、近代化の基礎をつくった政養のことを知ってほしい」と話している。
 A5判五百五十四ページで千部を発行(二千五百円)。一昨年の遊佐町合併六十五周年を記念し、増田さんが同町の広報紙に五年間連載した政養を紹介するコーナーを大幅に加筆・修正した。
 政養は一八四四年に江戸に出て砲術を学んだ後、五四年に勝海舟の私塾に入門。勝海舟が設計した神奈川台場(現・横浜市神奈川区)の建設に、土木・測量の技術者として関わった。勝海舟の私塾では、政養は坂本龍馬より八年先輩だったという。明治維新後は鉄道建設に活躍した。
 増田さんによると、政養はかつて「横浜港の生みの親」と言われていた。政養が書いたとされる書簡に、開港場所として神奈川(現・神奈川区)ではなく、横浜(現・中区)が適していると主張するものがあり、これに勝海舟が賛同したとの言説が根拠だった。だが、書簡の真贋(しんがん)が分からず、現在は定説にはなっていない。
 こうした背景から、横浜の郷土史をまとめた多くの書籍から佐藤政養の名前は消え、「勝海舟の陰に隠れてしまった」と増田さん。一方、「政養の功績は虚実が入り交じって伝わっている」とも話す。横浜の人に政養の活躍を伝える、史料に基づいた政養の記録を残す、という二つの目的で執筆を決めた。
 増田さんは「政養は横浜港の生みの親ではなかったとしても、十分すごい功績を残している。ぜひ知ってほしい」と話している。書店では販売しておらず、遊佐町企画課=電0234(72)4523=に連絡して取り寄せる。 (志村彰太)

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