鉄道ロマン高輪築堤 石垣露出800メートル 全景見せます

2021年4月20日 06時59分
 「こんな規模で残っているとは」「国の特別史跡に」「世界遺産にもなる」
 専門家は、JR高輪ゲートウェイ駅(港区)西側の再開発地区で出土した「高輪築堤(ちくてい)」に好評価を連発する。このほど規模を確認する調査が終了、約八百メートルの石垣が出現した。
 一八七二(明治五)年の鉄道開業時、今の田町−品川駅付近の浅瀬に細長く築いた二・七キロの堤の一部。上を汽車が行き来する姿は東京名所として錦絵に描かれたが、その後の埋め立てで所在不明になっていた。

<第七橋梁> 舟が線路をくぐって行き来できるように築堤を横切って水路を設け、その上に架けた橋。名称は起点の新橋駅から七つ目の橋の意。

 今回の調査で、再開発に伴い線路を移した二〇一九年まで、山手線と京浜東北線を地中で支えていたと判明。築堤間の水路をまたぐ「第七橋梁(きょうりょう)」や、鉄道信号機の土台跡も見つかった。

<信号機跡> 信号機の土台跡。柱を立て、取り付けた細長い板の向きで「進行」などを示した。柱を支える十字形の木製の基礎も見つかった。

 築堤の出土を想定していなかったJR東日本は、第七橋梁を含む約八十メートルなど一部の現地保存に向け、再開発計画の変更を検討。しかし信号機の土台跡を含む遺構の大部分は、記録した上で壊す方針という。
 保存される部分は、国の史跡などに指定される見込みだ。ならば、より広く保存する方向へ転換すべきではないか。高輪ゲートウェイ駅改札外のデッキから、石垣を遠目に望みつつ、考えた。

<石垣> 築堤の海側には下部を中心に鉄道開業時の石垣が残る。英国人技師エドモンド・モレルの指導で、お台場などの石を使い築かれた。

 文・梅野光春/写真・戸田泰雅、由木直子
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

TOKYO発の新着

記事一覧