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【東京エンタメ堂書店】

「逃亡者」来月1日連載開始 中村文則さん寄稿

(c)kenta yoshizawa

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 中村文則さん(41)が執筆し、宮島亜希さん(38)が挿画を担当する朝刊小説「逃亡者」が、10月1日からスタートします。連載開始を前に、今作へ懸ける思いを中村さんから寄稿してもらいました。

     ◇

 歴史にまつわる小説を、書きたいと思っていた。

 歴史小説ではなく、歴史が現代に深く関わる物語。これまでもそういう小説は書いていたけれど、もっと強く、物語に歴史を関わらせてみたいと思った。

 書くなら第二次世界大戦と決めていた。そして長崎。僕は愛知県東海市の出身だが、実は長崎にもゆかりがある。

 ドイツ語訳の出版の関係で、スイス、ドイツ、オーストリアと、いわゆる本の宣伝で回った。取材を受けたり、トークイベントや朗読をするというもの。その一環でケルン文学祭に参加した時、僕のドイツ語版の翻訳をしてくださっている翻訳者のトーマス・エゲンベルグ氏が、流暢(りゅうちょう)な日本語で何気なく「僕、楽器が好きなんですよね」と言ったことがあった。演奏するだけでなく、その形状もという意味で。

 楽器…。人間の脳は不思議なもので、その瞬間、物凄(ものすご)く多くのアイディアが湧き上がってきた。もしかしたら、ずっと僕の無意識の領域にあったものが、その一言で「噴出」したのかもしれない。

 以前、脳科学の専門家に、

「突然湧いてくるように思うアイディアは、実は脳の深いところでずっと考えていたことが、ある時回路が繋(つな)がるみたいに解決され、意識に出てくるのです」

 と言われたことがあるが、恐らく、それに近い何かだったのだと思う。

 第二次世界大戦時における、日本の軍楽隊。長崎県の潜伏キリシタン。日本に労働者として入ってくる外国の方々。そしてある“伝説の楽器”を持ち、逃走する現代の男。これらが一瞬で、浮かび上がった。羅列するだけでは何の話かわからないものが、全部繋がり、断絶へ進む世界を融和へ向かわせたいという、僕の願いとも一致したのだった。

 でも当然、思いついたことをそのまま書くわけではない。小説は大抵、書きながら物語の方向性が変わっていく。現代で起きる何かが影響することもある。新聞連載は以前他社の紙面で行ったことがあり、今回は三度目になるが、前回の新聞連載では、トランプ大統領が誕生したことで物語が変化した。そういう「リアルタイム」で進行することも、新聞連載の醍醐味(だいごみ)と思う。

 世の中は恐らく、これからどんどん悪くなると感じる。作家にできることは何か、ずっと考えてきた。リベラルな考え方が時に厳しく見えてしまうと、逆に反動を生み、ラディカルな右派を生むこともある。オバマ氏の後の大統領が、トランプ氏というのも象徴的かもしれない。では融和とは何か。それはでも、いわゆる「両論併記」ではなく、シニカルに構えることでもなく、どっちつかずの中道を語ることでもない。その答えを小説の中で、主人公と共に探りたいと思う。

 なお、イラストの宮島亜希さんは、僕が今回の小説に合うと思う方を数百人くらいの中から探して、そこで知り、オファーをさせて頂いた。実績もすごい、素晴らしい方で、引き受けてくださり大変感謝している。頑張ります。

 ※「10代に贈る本」は、10月1日に掲載します。

 

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