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【東京エンタメ堂書店】

<小林深雪の10代に贈る本>果物めぐる三つの名作

 10代で心が柔らかいうちに明治〜昭和前期のクラシックな小説やその独特の文体にも触れてほしい。今回は収穫の秋にちなんで、果物をタイトルにした短編を3作品。果物の扱いも三者三様で、比べて読むとさらに面白いですよ。

◆90年以上前も同じ

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 <1>梶井基次郎『檸檬(れもん)』(角川文庫、四三二円)

 <いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具(えのぐ)をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好(かっこう)も。>

 そして、その冷たさと香り、重さもいいと文章は続きます。

 <疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算してきた重さである>

 主人公は、ある日、果物屋でふと見た檸檬に強くひかれます。ここのところ、はっきりした理由もないのに心が重苦しく、以前好きだった美しい音楽も、なにもかもが心に響かないというのに。

 そして、その檸檬をひとつ買って本屋へ行き、爆弾に見立てて本の上に置いて立ち去ります。

 青春期のなんとなくユウウツな気分。理由もないけれど、イライラする気持ち。なにかを破壊したいという衝動。

 一九二五年、もう九十年以上も前に書かれた小説なのに、十代なら、きっと主人公に共感してしまうはず。そして、読み終わった後は、心に檸檬を搾られたように、さわやかな気持ちになれますよ。

◆暖かな日の色、心に

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 <2>芥川龍之介『羅生門・蜜柑(みかん)ほか』(ちくま文庫、七三四円)

 「檸檬」を置いてくるお話の次は、柑橘(かんきつ)系つながりで、「蜜柑」を投げるお話を。

 主人公が汽車に乗っていると、粗末な身なりをした少女がやってきて隣に座ります。

 少女は走り出した汽車の重い窓をこじ開け、見送りにやってきて手を振る弟たちに、暖かな日の色に染まった蜜柑を放り投げます。

 その瞬間、主人公は、この少女は、今日、奉公に出ていくのだと気がつく。そして、孤独な主人公の心にも、蜜柑色の暖かな日が差し込みます。

 <暮色を帯びた町はずれの踏切(ふみき)りと、小鳥のように声を挙(あ)げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落(らんらく)する鮮やかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ないほどはっきりと、この光景が焼きつけられた。>

 その弟たちが食べた蜜柑は、どんな味がしたのでしょう?

 蜜柑の色や味や香りを、ぜひ文章で味わってください。 

◆彼がかじった残りを

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 <3>川端康成『掌(てのひら)の小説』(九六一円、新潮文庫)から「ざくろ」

 太宰治の『桜桃』にしようか迷いましたが最後の果物は「ざくろ」です。

 舞台は昭和の戦時中。ある日、主人公の少女が、ふと気がつくと、庭のざくろの木に実がなっています。

 <熟し切っていた。盛り上(あが)る実の力で張り裂けるように割れていた。縁に置くと、粒々が日に光り、日の光は粒々を透き通った。>

 そこへ、出征する幼なじみの青年があいさつに来ます。母はざくろを勧めます。そして、青年が去った後、母は、その青年が、かじったざくろの残りを少女に差し出します。

 少女は動揺する気持ちを悟られたくなくて、なにげない風(ふう)にざくろの赤い透明な実に歯を立てます。歯にしみるような酸味。嬉(うれ)しさと悲しさと。

 そして、少しすると自分のしたことがとてつもなく恐ろしいことのように思えてくる。

 この本には、百二十二編の掌編小説が収録されています。ノーベル文学賞作家のデリケートな感性をたっぷり噛(か)み締められる一冊です。 

 *毎月第四月曜掲載。

<こばやし・みゆき> 児童文学作家。『七つのおまじない』(講談社青い鳥文庫)発売中。

 

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