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【東京エンタメ堂書店】

<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (1)ラブコメなのに数学!?

河原和音『素敵な彼氏』 ※月刊誌『別冊マーガレット』(集英社)で連載中。既刊9巻。

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 授業中、好きな人のことなんかをボンヤリ考えていたら不意に先生に指名されてビクッ! と立ち上がり、周囲からはクスクス笑われる。

 学園ドラマや漫画でよくあるベタな場面だが、その授業は八、九割がた「文系」の授業だ。

 「……で、あるからして」と先生が板書する場面から始まる「授業シーン」の、なにが「で、あるからして」なのかというと、大抵は清少納言やbe動詞にまつわることだ。数学や物理の授業の場面を、漫画であまりみたことがない。特に少女漫画ではほとんどない(数学や物理が筋書きに関わる漫画は別だが)。なぜだろう。

 すごくシンプルに、描くのが面倒なんだと思う。

 ほとんどの場合、学校が舞台でも作者が「言いたい」ことは授業ではない。むしろ授業なんか身が入らない、学校は退屈、それより好きな人や部活やなにか。漫画的にキラキラしたことこそ、描きたい(し、読者も読みたい)。でも退屈な日常の象徴として授業っぽい場面は必要。それでさほど調べなくても描ける古文や英語などの授業が選ばれがち。

 漫画の強みは誇張だ。それはキャラクターの造作を極端に描くことだけではない、現実を極端に省略できることもまたデフォルメだから、恋や青春を描く際、授業が文系だけになることは、いたって漫画らしいことといえる。

 でも、だからこそ、王道のラブコメなのに主人公が漫画内で数学を学ぶ『素敵(すてき)な彼氏』からは強いインパクトを与えられた。

 それも、ただあるとき教師が「……で、あるからして」とかいう一場面が数学なのではない。主人公の女子高生ののかは物語の途中、三年生の新学期に「理転」するのだ。理転とは、理系中心のカリキュラムに転向すること。読んでいて「えっ」と声をあげてしまった。そんな展開のラブコメ漫画、初めて読んだ!

 題が示す通り、この漫画は素敵な恋人と付き合う、恋する気持ちってなんだろうということだけを描いている。将来JAXA(宇宙航空研究開発機構)に入って宇宙飛行士を目指すというようなことは一切ない。実際理転後も、数学の醍醐味(だいごみ)が深く描写されるわけではない。

 でも、彼女が理転した理由には説得力がある。「好きな彼氏(理系)ともっと一緒にいたいから」。おぉ、恋する者として実に正しい(人としてかなり無謀な)理由ではないか!

 結果、ラブと無関係の、未知のコメディーが生じた。一クラス内のほとんどが男子、女子は数人という中に急に放り込まれて戸惑う(そりゃそうだ)だけで面白い。主人公の一途(いちず)さ、無鉄砲さもうまく強調されたし、理系の(変な)友達ができて筋もにぎやかになり、描かれる世界にぐっと奥行きが生まれた。勉強を教えてもらうという「イベント」もラブコメでは定番だが、より「教えてもらった方がいい!」と読者が切実に思える。最近ではついに家庭教師まで登場。最新第九巻では、彼氏を嫉妬させるものの、まだ活躍しきれてはいない。だが恋だけでない、二人の進路も示唆する存在になりそうで楽しみ。最後はののか、JAXAくらい入っちゃうのかもしれない。

 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

 *第3月曜掲載

「理転」で同じクラスになった彼氏の桐山くんに、数学を教わる主人公ののか。勉強できててもハラハラさせられる=河原和音『素敵な彼氏』第6巻(集英社)から

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