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【東京エンタメ堂書店】

<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (2)成長の実感は不意に

白井カイウ原作 出水(でみず)ぽすか作画 『約束のネバーランド』 ※『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載中。単行本は既刊14巻。

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 映画の『ハリー・ポッター』シリーズをみていてドキドキしたのは主人公の成長ぶりだ。

 魔法学校に入学した少年が友と冒険をする過程での人間的成長が描かれるわけだが、それはそれとして主演のダニエル・ラドクリフ少年が作を重ねるごと、立派な体躯(たいく)の青年に育っていき(そのことは原作の主人公の年齢の変遷と照らしても不自然ではないものの)どこか戸惑いを感じさせた。久々に会う親戚の子にハンレマァ大きくなって、みたいな感慨で映画をみてしまい、物語に没入しきれなかった(のは僕だけかしら)。実写表現は実在の人間で描く以上必ず、そういうことが起きうる。

 漫画のキャラクターは、読者に定着した造形をそうは変えない。「違うキャラクター」と誤認されたら混乱して読みにくいからだ。『ドラえもん』なども作者の筆が慣れるまでの造形変化はあれ、ずっと「あの姿」。人気商売ゆえ、記号的にも覚えられることが大事。作中で時間が経過する『ドラゴンボール』『NARUTO−ナルト−』などは主人公を成長させたが、その際は役者でいうと子役が大人の俳優に代わったくらいの違いをつけてみせた。

 だからヒット漫画『約束のネバーランド』最新巻の見開き二ページが僕には新鮮だった。

 謎の施設で暮らす子供たちが主人公。平和な環境で慈愛に満ちた保護者に守られたユートピアは、実は恐ろしい鬼たちのための人肉製造プラントだった。鬼が支配する絶望的世界だと気付いてしまった少年少女たちの、決死の脱出劇だ。冒頭を平和に楽しく描くことで、鬼に食われている事実との対比がすさまじく、たった一話で多くの読者を虜(とりこ)にしてみせた。

 対比のメリハリのためもあったろうか、施設の子らは童話に出てくるような、フンワリとかわいらしい筆致で描かれた。巨大で凶暴な鬼との戦いや逃避行もあるのに主人公のエマは少女だ(少年漫画の活劇としては珍しい)。それも漫画やアニメ的な美少女というより「かわいい子供」に近い造形だった。

 敵を出し抜き、荒涼たる未知の世界で知恵を振り絞り、仲間と協力して活路を切り開く。最新巻では物語序盤の重要人物とまさかの再会を果たし、感動的な抱擁が描かれたのだが……あれ、エマ、大きくなってない?

 頭身がその二ページだけもろ大人だ。あわてて、作中で過ぎた時間を計算してみた。施設にいたときからなんやかやで二年は経過している。コミックス一巻記載の設定資料ではエマは身長一四五センチの十一歳とあるから、今は十三歳。現実の子供なら伸び盛り、育ち盛りだ。

 実際の人間は、あるとき急に背は伸びない。毎日〇・数ミリずつ成長する。でも「おまえ昨日より一ミリ伸びたなあ」と思うことなどない。「大きくなったなあ!」と、実感はあるとき不意に訪れる。

 子細に読み返すと、巻が進むごと少しずつエマは成長しているようにも思う。でも、見開きで大胆に頭身をあげてみせた不意打ちの誇張こそ、現実のリアリティにかなうものだ。エマ、君は大きくなったんだなぁ。

 子役が大人の役者に代わらず演じ続けるのを見守る感じ。その後も極端に育った風に描かれないのは、ラドクリフ君の不可逆の成長とも異なる、漫画だけで味わえる魅力的な嘘(うそ)だ。

 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

*7月は8日掲載予定です。

左のバンダナがいかにも「マンガの主人公ぽい」造形だが、右が主人公のエマ=『約束のネバーランド』第14巻から

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