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【東京エンタメ堂書店】

<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (3)ステキな「怪演」見つけたゾ〜

ソウマトウ『シャドーハウス』『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載中。単行本は既刊2巻。

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 幼児向け番組「おかあさんといっしょ」の中で僕が一番好きなのは「シルエットはかせ」のコーナーだ。

 今日は「シルエットはかせ」だと知るとヤッターと思うし「しりとりれっしゃ」だともうガッカリ。……四十六歳がなに言ってんだとお思いでしょうが、子供の隣でみていても本当に「シルエットはかせ」を演じる歌のおにいさんは、ちょっと常軌を逸していると思わせるほどノリノリの怪演をみせる。

 子供の身の回りにあるさまざまな物品の影だけをみせて、なんだか当てさせる。いろんな方向からみせることで、物の形はみる角度で変わるのだということを教育もしている。

 「しりとりれっしゃ」だと、一瞬で答えが全部分かってしまって、分からないふりをするおにいさんおねえさんが白々(しらじら)しくみえてしまい苛々(いらいら)するが、シルエットは難問も多くて楽しい(四十六歳がみる番組ではないのだし、しりとり担当の人、どうぞ気にしないでください)。

 『シャドーハウス』も影の漫画だ。主人公のメイド(的な存在)がお世話するご主人様が、影。常に真っ黒に塗りつぶされていて、姿がみえない。体からは「すす」も出る。

 背景や衣装は端正に描きこまれているし、主人公のエミリコはドジでけなげで、表情豊かだから余計に主人の「みえなさ」が際立つ。

 斬新だ。「今、笑いましたね」と指摘したら後ろ姿だったりする。それだけで、物語の起伏と無関係の面白さがある。

 なぜ影なのか、エミリコはなぜ、なんのために主人に「仕えて」いるのか、彼らが暮らす館はいったいなんなのか。多くは明かされない。そもそもエミリコ自体、人間ではない、生き人形と呼ばれる存在だ。パンを食べて栄養を補給するが、光のささない陰気な居室をあてがわれており、壁には自分の「説明書」が貼ってある。

 不遇を不遇と気づかずに主人に奉仕するエミリコがかわいそうかというと、単純にそういう気持ちに持っていかれるわけでもない。謎めいた家の様子に恐ろしさを感じるかというと、そうでもない。

 ドジなメイドがただ部屋を掃除して失敗する、いわゆる「萌(も)え漫画」のようでもあるし、キャラクターの描画からしても、そういう需要に適(かな)った内容ではある。だがそれだけでもない。

 一回十二ページの短さで、少しずつ筋が動き、事実も明かされていく。屋敷は広大で、シャドー一族と呼ばれる影が何人もおり、それぞれに一体ずつ生き人形もいた。一族はなにかのことで張り合っているらしい。生き人形たちもいつしか連帯したり敵対する。それらは普通の漫画で提供される謎や連帯と特に変わらない。

 でも今作を読んでいるとき、それらのなににも特に感情移入しない。なにしろ秘密も設定もかなり「拵(こしら)え」た感じがするし、エミリコ頑張れ、みたいな気持ちが(あまり)涌(わ)かない。

 先の「シルエットはかせ」が物の角度を変えて形が分かった瞬間を、この漫画でも求めているのか? いや、むしろ不必要なほどノリノリでみせる怪演、それ自体を楽しむ感覚に近い。

 筋を読むのでなく、影を注視して楽しむこともできる不思議な魅力の一作だ。

 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

 *8月は19日掲載予定です。

エミリコと、著作権の都合で黒塗りにされてるみたいなご主人様=『シャドーハウス』第1巻から

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