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【東京エンタメ堂書店】

<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (4)「マカベくん」が素敵なワケ

池野恋『ときめきまんが道』*全2巻。上下巻ともに7月発行。集英社。

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 ドラマの『半沢直樹』をちゃんとみたことはないが、彼がどんな人かは、なんとなく知っている。歯と歯を食いしばったままで「倍返しだ!」って言うんでしょう?

 知ろうとしなくても、風聞だったり、斜め後ろからみたりして、知ることってある。特に、人気者の名はそのように頭に残りやすい。

 漫画で、特に僕と同世代の女性たちの口によく上る人物の名に「マカベくん」というのがある。大勢がさらっとその名を出し、親しみを隠さない。一九八〇〜九〇年代の人気少女漫画『ときめきトゥナイト』の登場人物だ。

 そういう風(ふう)に女性の口によく上る「素敵(すてき)男性」枠としては他に『SLAM DUNK』の流川(るかわ)くんと『エスパー魔美』の高畑さんが挙げられる。

 名前の響きからしてかっこいい流川くんと、ズングリした風貌だが明晰(めいせき)で頼れる高畑さんのことは知っていたが、マカベくんは、ずっと(現実世界の)女性たちが語るのを聞くだけだ。

 ……その、話題の出し方がナンカコー、すごく自然なのだ。たとえば流川くんなんか、非実在なのにこっちがやっかみたくなるくらいにキャーキャー言われてたが、そういう狂騒やウットリさせる感じが、マカベくんにはない。じゃあ魅力がない人なのかというと皆、異口同音に「素敵な人」という。かっこよさはあるんだろうが、たとえば「倍返しだ!」といった決め台詞(ぜりふ)とかも出て来ないし、ただただ身近な人と感じているよう。

 先日もラジオで赤江珠緒さんと漫画の話をしたら彼女が「マカベくんが」と言うのがやはり自然で、だんだんフェイスブックなどのSNSで「もしかして知り合いかも」と表示される人物みたいに思えてきた。

 その作者、池野恋が半生を振り返った自伝漫画『ときめきまんが道』が刊行された。上巻のカラーページには作者が小学生時代に描いた漫画が掲載されているのだが、う、うまい! かわいい! ファンじゃなくても心を捕まれてしまう。

 本編をめくるといきなり自伝というより「あとがき漫画」のムード。少女漫画の伝統、コミックスの巻末におまけとして描かれるあれだ。本編のキラキラした瞳や繊細なタッチと打って変わったくだけた描線と、デフォルメされた風貌の作者が、照れながら読者に語りかける。あのあとがきムードのまま、ごく自然に幼少期の回想へと移行し、ぐんぐんと読ませる。

 回想の入り口で「ドラマチックな展開はおろか山も谷もさほどない ほぼ平らな人生」とモノローグが入るが、いやいやとんでもない! 就職しながら地方都市で一人で描き続ける二足のわらじの生活。『ときめきトゥナイト』は連載前から(ヒットするかも分からないのに)アニメ化が決定していたという話も、プレッシャーはいかばかりだったか!

 作者は苦労や葛藤の多かったはずの漫画家人生を「ほぼ平ら」に振り返ってみせる。実にかっこいい。作者に大きな影響を与えた編集者とデビュー前の友人が「さらっと」出てくる終盤の一コマには頭を垂れてしまう。

 例の「真壁(まかべ)くん」ともやっと僕は出会った。こんな作者にこんな風に生み出されたなら、読者がずっと仲良しのように思うのも納得だ。

 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

 ※第3月曜掲載。

『ときめきトゥナイト』第2部の主人公交代に寄せられた猛烈な抗議をたった一コマで。つらい、つらすぎる!=『ときめきまんが道』下巻から

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