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【東京エンタメ堂書店】

<小林深雪の10代に贈る本> 「記憶」をなくしてしまったら

 人は生まれてから今までの「記憶」でできています。でも、もし、その記憶がなくなってしまったら? もう、自分は自分ではないの? 「記憶」を考えることは、命の根源を見つめること。読書の秋にじっくり読みたい3冊です。

◆想像超える現実

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 <1>坪倉優介『記憶喪失になったぼくが見た世界』(朝日文庫、六一六円)

 記憶喪失とは、「自分が誰だかわからない」ことだと思っていました。日常生活は、なんとなくそのまま送れるようなイメージです。ところが、現実は、想像をはるかに超えた、すさまじいものでした。

 美大に通う十八歳の坪倉さんは、ある日、交通事故にあいます。そして、記憶喪失になり、すべてがわからなくなります。その状態から、日常生活を送れるようになり、「新しい自分」として再生するまでの日々が、そのまま率直に、素直な言葉でつづられていくノンフィションです。

 <かあさんが、ぼくのまえになにかをおいた。けむりが、もやもやと出てくるのを見て、すぐに中をのぞく。すると光るつぶつぶがいっぱい入っている。きれい。でもこんなきれいな物を、どうすればいいのだろう>

 これ、なんのことだと思いますか?「白いごはん」なんです。でも、それがお米であることも食べものであることもわからない。そもそも、「食べる」ってなんだろう?

 目の前にあるものは、とにかく初めて見るものばかり。普段、なにげなく生きている毎日が、こんなにも美しく不思議なものであふれている。それを、坪倉さんが生まれたての幼子のような目で、わたしたちに教えてくれます。

◆忘れても…残る

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 <2>宮下奈都(なつ)『静かな雨』(文春文庫、六一六円)

 『羊と鋼の森』で、本屋大賞を受賞し話題の作家、宮下奈都さんのデビュー作。

 とびきりおいしいたいやき屋さんを営む「こよみ」と出会い親しくなる主人公。ひかれあう二人ですが、こよみは事故に巻きこまれ、一日たつと、前日の記憶を忘れてしまうようになります。

 人間関係も共に過ごした記憶で作られていくもの。でも、その共通の記憶がなくなったら、愛情はどうなっていくのでしょうか?

 前半にリスのエピソードが出てきます。野のリスは冬に備えて木の実を土中に埋める。そして、隠し場所を忘れた木の実から、春になって一斉に芽が吹き出す。リスが忘れた木の実のように、忘れても忘れても、心の底に残るものがきっとある。そして、それが、いつか鮮やかな緑になる。そんな暗示にも思えました。

 来春、映画化されるそうで、楽しみです。

◆美しい「数」の秘密

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 <3>小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫、六〇五円)

 『静かな雨』の文中にも出てくる本。読み返すたびに、すみずみまでなんて「チャーミング」な小説だろうと、いつも感嘆してしまいます。そして、できれば十代の時に読みたかった本です。読んでいれば、嫌いだった数学の授業に、もっと興味を持てたはず。

 博士と主人公の家政婦とその息子ルート(頭が平らでルートの記号に似ているからと博士がつけたあだ名)の物語です。記憶が八十分しか持たない記憶障害の博士と主人公は、会うたびに自己紹介するところからリスタートします。

 そんな博士が語る数字の話がとても楽しく美しいのです。

 靴のサイズ、電話番号、誕生日、本のページ数。世界は数字であふれています。いや、数字でできている。博士が、その秘密を解き明かしてくれます。そして、野球とタイガースの好きな人も必読です。

<こばやし・みゆき> 児童文学作家。『作家になりたい!(6)』(講談社青い鳥文庫)発売中。

 

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