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【東京ブックカフェ】

あふれる愛 日本SF大賞候補3冊

 「日本SF大賞」という賞があるのをご存じだろうか。その年の最も優れた日本のSF作品に与えられる賞は、芥川賞や直木賞とは全く別の魅力にあふれている。今回は第四十回最終候補作の中から、三冊をお薦めしたい。(運動部長・谷野哲郎)

 一九八〇年に創設された日本SF大賞は今年でちょうど四十回目を迎える。過去に井上ひさしの『吉里吉里人』、椎名誠の『アド・バード』、貴志祐介の『新世界より』といった話題作が受賞してきたが、今回の最終候補ほど、ハイレベルな作品がそろった年はないだろう。

◆仕掛けも満載の6短編

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 <1>伴名練(はんなれん)の『なめらかな世界と、その敵』(早川書房、一八七〇円)は、そんな当たり年を象徴するような作品だ。

 六つの短編で構成され、書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」は修学旅行中の高校生を乗せた新幹線が謎の時間停滞現象に見舞われ、閉じ込められた級友を助けようとする少年を描く。アイデア、展開ともに読者をぐっと引きつける。

 ファンをうならせる仕掛けを作中にちりばめるところは、アニメ監督の庵野秀明を思い起こさせる。例えば、「美亜羽(みあは)へ贈る拳銃」は、梶尾真治の名作「美亜へ贈る真珠」、さらには伊藤計劃(けいかく)の『ハーモニー』の登場人物ミァハを意識したもので、過去の作品を読破していないと書けないものばかり。帯にある「二〇一〇年代、世界で最もSFを愛した作家」との寸評は言い得て妙。初心者でも上級者でも楽しめる一冊だ。

◆試される 読者の想像力

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 <2>飛(とび)浩隆の『零號琴(れいごうきん)』(早川書房、二五三〇円)は、とにかくスケールの大きさに度肝を抜かれる。

 人類が宇宙に進出したはるかな未来、とある惑星で都市の大きさほどもある巨大楽器「美玉鐘(びぎょくしょう)」が発掘され始めた。人々はこの楽器を使って伝説の秘曲「零號琴」を演奏しようと試みるのだが、やがて惑星そのものを揺るがす事件につながっていく−。

 挑発的な作品である。難解な設定に加え、プリキュアやら巨神兵やら、ゴレンジャーやらのパロディーが入り込んでくる。悪ふざけ、いや、遊び心満載のハードSFは読み手がありったけの想像力を動員しなければ、イメージができないものに仕上がった。

◆脳天直撃 全てが斜め上

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 さて、ここまでは本紙文化部記者も推したことがある秀作だが、私のイチオシは<3>酉島伝法(とりしまでんぽう)の『宿借りの星』(東京創元社、三三〇〇円)。こんな作品はこれまで四十年SFを読んできて初めて。脳天に稲妻が直撃したかのような衝撃を受けた。

 あらすじを説明するのも難しい。カニや昆虫に似た異形の生物たちが暮らす惑星。ヤドカリに似たマガンダラ(これが主人公!)は、かつて滅ぼしたはずの人類が壮大な奪回計画を立てていることを知る。理解困難な生態系はイラストレーターでもある酉島本人が挿絵を添えているが、描かれるもの全てが想像の斜め上を行く意外さ、爽快さ。気付けば五百ページの大作を一気に読み終えていた。

 恐ろしいのは、この物語が任侠(にんきょう)小説でもあるところ。誰もがマガンダラと相棒マナーゾとのやりとりに笑い、驚き、涙することだろう。他にも、人のことを「卑徒(ひと)」と書いたり、海を「宇視(うみ)」と記したり、言葉遊びや造語がこれでもかと出てくる。これほどSFに耽溺(たんでき)できる作品はめったにお目にかかれない。

      ◇

 今回の最終候補作は五作。他にも小川一水(いっすい)の『天冥の標(しるべ)』シリーズ、大森望、日下三蔵編の『年刊日本SF傑作選』がある。どちらも断腸の思いで割愛させてもらったが、機会があれば紹介したい。

 昨年、本欄で『三体』を紹介した縁で早川書房の塩澤快浩(よしひろ)編集部長らを訪ねる機会があった。あらためて痛感したのは、作家も編集者も心からSFを愛していることだ。日本SF大賞の選考会と結果発表は今月下旬に行われる。ありきたりな本に飽きたという方、ぜひ、愛に満ちたSF小説を手に取っていただきたい。

 

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