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【書く人】

悲しみに沈む人の力に 『冬将軍が来た夏』 作家・甘耀明(カンヤオミン)さん(47)

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 ある日突然、身近な人に先立たれる。思いがけない不幸に襲われる。それが人生とはいえ、悲しみに打ちのめされたら−。

 「そういうときは善なる力が必要なんです。その力をこの作品で表現したかった」。著者の甘耀明さんはそう語る。多彩な作風で「千の顔を持つ」と評される台湾の人気作家だ。

 「私がレイプされる三日前、死んだ祖母が私のところに戻ってきた」

 小説は、こんな破天荒な書き出しで始まる。セレブな幼稚園の教諭をしていた主人公はある日、園長の放蕩(ほうとう)息子から性的暴行を受ける。仕事を辞めて裁判に挑む彼女のもとに、死んだはずの祖母と、仲間の老女五人がやってくる。

 主人公と共同生活を送ることになるこの老女たちが変人ぞろい。金の粒をのみ込んでは大便から回収するおばさん、〓麗君(ドンリージュン)(歌手テレサ・テンの中国名)と名付けた老犬を溺愛するおばさん、酒乱夫の壮絶な暴力で髪を焼かれカツラのおばさん…。過酷な体験をくぐり抜けた女たちが、深い傷を負った若い娘に寄り添う。

 女性や子ども、老人、貧困層、性的少数者などの弱者を登場させたのは、それぞれの苦しみを「可視化したかった」からだという。

 とはいえ、本作は不思議な明るさと喜劇的なユーモアに満ちている。老女たちはお互いを皮肉って「死道友(シードユゥ)」(利己的な人間を揶揄(やゆ)する台湾の言葉)と呼び合う。老女グループとヤクザがやり合う後半は、アクション映画さながらだ。

 また、男性作家でありながら、作中では更年期の心情が細やかに描かれ、最近流行の生理用品、月経カップも登場。「妻や母、親族の女性に取材しました」

 そして通奏低音のように流れるのが、死からどう立ち直るかというテーマだ。主人公は小学四年の時に、母の浮気が原因で父が自殺した過去を引きずっている。甘さん自身も、十七歳のとき二歳上の姉を突然失った。家族内で姉の話はタブーとなり、大人になっても深い傷が残った。「自分がカウンセラーの友人に聞いたことを生かしました」と甘さん。本作に登場する祖母に「死には責任があります。その責任は自分が深く愛する人に別れを告げることです」と語らせる。

 「読んだ人が一歩踏み出せる力になれたら、とてもうれしい」とほほ笑む。白水(しろうず)紀子訳。白水社・二五九二円。(出田阿生)

 ※〓は登におおざと

 

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