東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書く人 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書く人】

信念を貫く青春の文学 『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』 現代俳句協会青年部長・神野紗希(こうのさき)さん(35)

写真

 太平洋戦争の勃発に前後して、反戦の句を詠んだ俳人ら四十人以上が治安維持法違反容疑で検挙された。この弾圧事件で、伝統にとらわれず俳句の芸術性を追求した「新興俳句運動」は終息に向かったとされる。

 本書は運動に関わったり、影響を受けたりした俳人四十四人の作品と評伝のアンソロジーだ。弾圧の犠牲になった俳人ばかりでなく、戦後を代表する女性俳人の桂信子や「人間探求派」と称される加藤楸邨(しゅうそん)、石田波郷(はきょう)も取り上げた。「新興俳句運動はいろんな思想が巣立っていくゆりかごだった。現代の俳句のルーツとして、重要性を知ってほしい」と話す。

 昭和初期、花鳥諷詠(ふうえい)・客観写生を唱える重鎮の高浜虚子(きょし)への反発から、より自由な表現を目指して新興俳句運動は始まった。若い世代が担い手となり、季語を使わず、社会問題などを詠む多様な句を世に送り出した。「彼らはヒューマニズムというところで共通していた。その背景には、戦争が迫る時代状況があった」

 例えば、弾圧事件に連座した石橋辰之助(たつのすけ)は初め、<朝焼の雲海尾根を溢(あふ)れ落つ>などロマンチックな山岳俳句を得意とした。「戦争が近づくと、自然から人間に関心が移る」。<夜学生よ君には戦闘帽よりないのか>といった反戦色の濃い句を詠むようになった。

 「新興俳句は恋愛の句も多くて、繊細でなおかつ爆発するようなエネルギーを秘めている。青春の文学というところに、私は引かれます」

 大学院で新興俳句を研究し、資料探しに苦心した経験もあり、作品を手に取りやすくする必要を感じていた。二〇一五年に現代俳句協会の青年部長に就いてすぐ、協会の事業として本書の刊行を提案した。

 執筆陣には、関悦史(えつし)さんや鴇田智哉(ときたともや)さんといった二十代から五十代の俳人たち五十六人が名を連ねる。「新興俳句の作家たちと同じ若い世代だからこそ、共感したり、反対に冷静に分析できたりすることがあると思った」。一人ずつ担当する作家を割り当て、資料探しから評伝の執筆、代表句百句の選び出しを依頼した。

 「先の見えない、雲の立ちこめていた時代に自分の信念に従って言葉を紡いだ作家がこれだけいた。私たちがこれからの時代を生きていくための灯火が、この本の中にきっとあるはずだと思っています」

 現代俳句協会青年部編。ふらんす堂・二五九二円。 (小佐野慧太)

 

この記事を印刷する

PR情報