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【書く人】

正しい方へ進む勇気を『東京の子』 作家・藤井太洋(たいよう)さん(47)

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 企業に搾取される若者たち、増える移民とヘイトスピーチ、進まぬ東京五輪の後始末−。問題が山積する近未来の首都を、主人公が軽やかに駆け抜ける。

 小説の舞台は二〇二三年の東京。五輪開催費用は十兆円を超え、競技会場は負の遺産と化した。一方で国内には多数の移民が流入。国際都市と化した東京の人口は千六百万人に達し、待望の好景気が到来した。

 著者自身の予見する将来像かと思いきや、明確な否定が返ってきた。「実際の予測より豊かな社会として描きました。今後、最善の選択が積み重ねられても、ぎりぎり届かない程度の」。あえて楽観論をとったのは「豊かさを失った今の日本では偏狭なアイデアが強く語られ、人をおとしめる声が大きく反響する。そうしたノイズに惑わされたくなかったから」と説明する。

 主人公の青年、仮部諫牟(かりべいさむ)は移民にまつわるトラブルを解決する「何でも屋」。アクロバットを駆使した運動術「パルクール」の達人で、育児放棄した両親と縁を切り、本名を捨てた過去がある。とある依頼を受けた仮部は、五輪跡地に建設された職能大学校「東京デュアル」へと潜入する。

 「職業人養成学校として理想に近い形を考えた」という東京デュアルの構想が興味深い。四万人の学生が学内にあるサポーター企業で職場訓練を受け、給与も支給される。しかし、卒業後の職業選択が事実上制限される奨学金制度を巡り、「人身売買だ」と告発が上がる。「誰もが幸せになろうと尽くしている社会においても間違いは起こる。その時なお正しい方向へ進む勇気を、主人公と同じく読者にも持ってほしかった」

 エンジニアとして会社勤めのかたわら執筆した小説を電子書籍で自費出版し、デビューしたのが七年前。一五年から三年間、日本SF作家クラブの会長を務めるなど、今やすっかりSF界の顔となった。

 暗黒の未来を描く「ディストピア小説」が文壇で幅をきかせる中、著者の描く未来像には明るさがある。「それは自覚的にやっています。私たちが住む今日この日は過去最善の社会である、という信念を持っているので」。その人類の前進が、本書では、さまざまな人と対話する中で成長していく主人公の姿と重ね合わされる。「結果、シンプルな青春小説になった」と会心の笑みを浮かべた。

 KADOKAWA・一七二八円。

 (樋口薫)

 

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