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【書く人】

戦い回避へ緊迫の論戦『麒麟児(きりんじ)』 作家・冲方丁(うぶかたとう)さん(42)

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 一八六八(慶応四)年三月、旧江戸幕府方の勝海舟と新政府の西郷隆盛の会談で決まった江戸無血開城。幕末を生きた二人の「麒麟児」は、どうやって江戸での戦争を回避する歴史的合意にたどり着いたか。勝を主人公に描く長篇小説だ。

 幕末を「日本が国家的に統一される寸前で、陰惨無残な内戦ばかり。書けば書くほど苦痛になる時代」と話す。その中で無血開城を「江戸・東京という国際的な貿易港があり、政治的中枢になれる巨大な都市を残してくれた。現代につながる最も意義深い出来事」と感じ、題材に選んだ。

 勝を「混沌(こんとん)とした世の中で、次の進路をきちんと見据えられた」と評する。目の前の勝敗ではなく、統一国家としての日本と日本人の未来のために奮闘する。あえて江戸を業火で包む準備を整え、新政府が持たない軍艦を誇示し、戦の無益さを知らせる。敵側の人物さえメッセンジャーとして重用し、会談にこぎつける。

 二日にわたった会談の鍵は、新政府が示した降伏条件。江戸城の明け渡し、軍艦の没収など七項目を、旧幕府方は一度すべて拒否してみせる。この一触即発の状況から、どう無血開城に至るのか。詳細な記録は残っておらず、二人の立場や傍証として残る史料から、政治・軍事・経済の論点を逆算し、想像を膨らませた。

 勝は要求を少しずつ押し通そうとするが、西郷も簡単には応じない。論戦は言葉遣いこそ丁寧だが、緊迫感に満ちている。「わずか二日で、国を左右する戦を回避しなければならないぎりぎりの状況。勝に感情移入すればするほど疲れた」

 勝と西郷は立場は違えども、互いに全幅の信頼を寄せる仲でもある。「二人は国が進む方向について近い理想を持っていたと思う。ただ無血開城は単純な結託の結果ではない。友情もありつつ、手練手管(てれんてくだ)でやり合った結果、ぎりぎりのところで見いだすことができた打開策」と語った。

 会談の後、二人が各地で相次ぐ戦火に翻弄(ほんろう)される様子にも紙幅を割く。個人が制御できない歴史のやるせなさとともに、麒麟児たちが導いた結論が、いかに奇跡的かを伝えるようだ。

 「無血開城に失敗していたら、われわれの生活も一変している。この歴史的な事件の価値を、もっと高めるべきだと思う」。願いが込められた一冊だ。

 KADOKAWA・一七二八円。 (谷口大河)

 

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