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【書く人】

ステージ離れ、探した道 『ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合 自伝』 音楽宣教師・久米小百合さん(61)

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 時代を超えて愛される歌は神様からの恩寵(おんちょう)かもしれない。一九八〇年代のシルクロードブームが兆していた七九年、そんな一曲「異邦人」でデビューしたシンガー・ソングライターの久保田早紀さんは今、久米小百合という本名で、音楽を通してキリスト教を伝える音楽宣教師になっている。

 昨年還暦を迎え、今年は「異邦人」から四十年。日頃の活動を知る編集者から自叙伝の出版を勧められ、これまでの歩みを両親の生い立ちにまでさかのぼって一冊につづった。大学生の一人息子は「早過ぎる。まだ何者にもなっていない!」と指摘した。「ほんとにそうです。すみません…」と恐縮する姿に素直で飾らない人柄が垣間見えた。

 ♪子供たちが空に向かい 両手をひろげ 鳥や雲や夢までもつかもうとしている−。西域への憧れをかき立てた「異邦人」は百四十万枚以上を売り上げたが、大きなステージでスポットライトを浴びることになじめず<芸能界での私は、まさに“異邦人”だった>。

 悩む渦中で自分の音楽のルーツに帰ろうと足が向いたのが教会だった。仏壇にお線香が香る家庭で育ったが、小学三年ごろ、賛美歌にひかれて日曜学校に通っていた。芸能活動のさなかに洗礼を受け、音楽仲間だった久米大作さんとの結婚を機に五年で引退。神学校で学び始めた。「聖書を学ぶんじゃなくて生きてください!」という教授の言葉や「キリスト教で一番大切なものは愛」という教えは信仰の礎になった。

 結婚して十二年間、子どもが授からず「百二十パーセント諦めていた」が、三十九歳で出産。「子育ては大変なこともあったけれど、それも含めて恩寵」と感じる。子育てが一段落した後は神学大学に通い、大学院の博士課程まで修了した。現在は、お茶を飲みながら聖書や賛美歌について話す講座「バイブルカフェ」を都内のカルチャーセンターで開いている。

 自伝は信仰がベースになっているものの、七〇年代に青春を送った世代の世相史という魅力も放つ。NHKの音楽番組「ステージ101」に夢中になり、ユーミンのLPを必死でコピーし、作家・村上龍さんのデビュー作『限りなく透明に近いブルー』に刺激され、短大の文芸部の扉をたたく…。「自分の話を読んだ気になるとあっちこっちで言われます。私の自伝でなく、こんな時代が私にもあったよね、と思っていただけたらいいな」と笑った。

 いのちのことば社・一九四四円。 (矢島智子)

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