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【書く人】

再発防ぐため赤裸々に 『ストーカーとの七〇〇日戦争』 文筆家、イラストレーター・内澤旬子(うちざわじゅんこ)さん(52)

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 交際していた男性と別れようとした。そのとたん、電話が鳴りやまなくなった。数十秒おきに携帯にメッセージが送りつけられ、「めちゃくちゃにしてやる」と脅迫された。ネット掲示板には誹謗(ひぼう)中傷の書き込みまで…。文筆家でイラストレーターの内澤さんが実際に被害に遭ったストーカー事件。恐怖の体験を克明につづった週刊誌の連載が一冊になった。

 東京から、瀬戸内海の小豆島に移住して二年。ヤギと暮らす穏やかな日常は一変した。警察に相談すると、男性は偽名を名乗り、前科もあったことが分かった。家を引っ越し、警察や検察の聴取や弁護士との相談に膨大な時間を割く日々。「警察に行った後に何が起きるか、普通は知らないですよね。被害者が守られていないことも初めて知った。私自身が味わった驚愕(きょうがく)と恐怖をそのまま書きました」

 出版にあたっては「半年ぐらい苦悩した」という。それでも公表を決意したのは「ストーカーは依存症の一種。精神科医やカウンセラーの治療で再犯の危険性が下がるけれど、知られていません。ストーカー殺人の犠牲者をこれ以上出していいのか。加害者を治療につなげる対策を実現してほしい」という思いからだ。

 治療の必要性を訴えると多くの人に「被害者なのに、優しいね」と言われた。「そうではなく、加害者を社会的に孤立させないことは、再発防止に最も効果があるから。被害者の安全のためなんです」

 自身が乳がんになった体験をつづった『身体(からだ)のいいなり』、三匹の豚を自宅で飼って肉にして食べるまでを記録したルポ『飼い喰(ぐ)い』など、体当たりのノンフィクションを書いてきた著者。「これまでは『好き』をテーマにしてきたが、今回は必要に迫られた」という本書の内容は深刻だ。

 だが、率直で軽妙な「内澤節」で、ぐいぐい読み進ませる。事件当時、スーツに関する取材をしていた内澤さんは「検察官の高級スーツに目が吸い寄せられた」という場面も描く。そんな日常のつぶやきは、被害は誰にでも起きうることで、被害者は「特別な人」ではないと実感させる。

 「書くことがあなたを守る」という先輩作家の言葉を胸に、本来なら他人に話さないような交際時のことも赤裸々に記した。誰もがSNS(会員制交流サイト)を使う今、社会はどうストーカーに対峙(たいじ)すればいいのか。その手掛かりになる書だ。

 文芸春秋・一六二〇円。 (出田阿生)

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