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【書く人】

貶められた縄文の神 『鬼とはなにか』 歴史作家・戸矢(とや)学さん(66)

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 鬼が島の鬼は、何も悪いことをしていないのに桃太郎に征伐され、節分の豆まきでは「鬼は外」と一方的に排除される。悪の権化のように貶(おとし)められている鬼だが、昨年「来訪神(らいほうしん)−仮面・仮装の神々」としてユネスコの無形文化遺産に登録された男鹿(おが)のナマハゲなどの伝統行事では、鬼などの異形(いぎょう)の神が幸福をもたらすものとして人びとに歓迎される。鬼の面を着けて人びとを脅したり、追い回したりする鬼祭りは全国に数えきれないほどあるという。

 日本の「鬼」は、なぜこのような二面性を持つことになったのか。古代史、縄文、風水、神道、陰陽道(おんみょうどう)、怨霊などについて多数の著作を発表してきた戸矢さんは本書で、これまでの研究を集大成する形で鬼の正体を探る。大陸から渡ってきて水田耕作を行った弥生人は、先住民の縄文人を駆逐し、あるいは同化しながら平野部に集落をつくった。縄文人は山間部や島に追いやられ、その後、ヤマトに叛逆(はんぎゃく)し、鎮圧された人びとは、自分たちのために鬼となって闘ってくれた者を懐かしみ、その思いを鬼祭りとして伝えてきたと戸矢さんは見る。

 「ヤマトの勢力は征服した人びとに、古来の神を棄(す)て、新しい神を信仰するように迫った。その祭祀(さいし)に参加しない者、服さない者は“まつろわぬ民”として排除された。“鬼は外、福は内”という追儺(ついな)は、もともとヤマトの宮中で営まれた儀式であり、彼らにとって鬼はまがまがしく、悪い者でなければならなかった。そして、祟(たた)りをなす鬼や怨霊は北東(丑寅(うしとら))からやってくると考えて、この方角を鬼門(きもん)としたのです」

 鬼とは、みずからの古き祭りを守ろうとした“まつろわぬ民”であり、縄文の神々である。これが「長年のテーマをようやく書くことができた」と言う戸矢さんの結論である。

 発掘された縄文人の歯髄から抽出したDNAを解読した国立遺伝学研究所のデータによると、現代の本土日本人に伝わる縄文人ゲノム(全遺伝情報)の割合は平均15%ほどだという。地域などで濃淡の差はあれ、われわれの多くに縄文人の血が流れているわけだ。

 戸矢さんは<鬼の復権>を提唱し、こう話す。「縄文人の血よ、よみがえれ、と言いたいのです。自然を崇(あが)め、自然と共に暮らしたのが縄文人です。縄文の遺跡からは武器が出てこない。それは弥生とは真逆の平和な世界です」

 河出書房新社・一九九八円。  (後藤喜一)

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