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【書く人】

出産は善? 考え続ける 『夏物語』 作家・川上未映子(みえこ)さん(42)

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 「人はなぜ子どもを産むのか」「産むことは善いことか」。その問いに正面から向き合った小説だ。

 答えは決して自明ではない。「なぜ殺してはいけないか」の問いが古来、哲学者を悩ませてきたのと同様に。「子どもを産むべきではない」という反出生主義の考え方も現に存在する。「死がそうであるように、生まれてくることも取り返しがつかないと昔から思っていた。生殖倫理というものを、物語を通じて考えたかった」と語る。

 第一部では、十一年前の芥川賞受賞作『乳(ちち)と卵(らん)』を一から再構築した。東京で作家を目指す夏子のアパートに、豊胸手術を望む姉の巻子が大阪から訪ねてくる。同行した思春期の娘・緑子は母に複雑な感情を抱き、一切の会話を拒む。「彼女たちをもう一度召喚し、からだや意識の変化を描くことで、より大きな物語につなげたいと思った」

 第二部は八年後の物語。作家になった夏子は「自分の子どもに会いたい」との思いに突き動かされ、パートナーなしで、第三者からの精子提供による人工授精(AID)での出産を希望する。しかしAIDで生まれた男性と知り合い、父が不明である子の苦悩を聞かされる。

 「AIDは『子を産むことが善である』という考えから発展した技術。でも生まれてきた子どもたちはどこに位置づけられるのか、何を守る技術なのか。考えるべき課題の多いテーマだと思った」

 執筆に際しては「多声の多層化を意識した。いろんな人がいろんなことを話している小説にしたかった」という。仕事を優先して生きてきた編集者、子を生きがいと感じるシングルマザーの作家、虐待を受けて育った反出生主義者の女性。生きてきた背景から考え方まで、多種多様な女たちが登場し、夏子を揺さぶる。「結婚して子を持つことが当たり前でなくなった現代に、独りで子を産むことができるのか。読者には、夏子と一緒に逡巡(しゅんじゅん)しながら物語をたどってほしかった」

 結末では、複数の選択肢がある中で、あえて夏子に困難な道を選ばせた。「まだ名づけられていない関係性の中に彼女の身を置かなければと考えました」

 長い物語の果て、作家は冒頭の問いに答えを見いだすことができたのか。「むしろ謎は深まるばかり。今も考え続けています」

 文芸春秋・一九四四円。 (樋口薫)

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