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【書く人】

今必要な 責任ある言葉 『自由思考』 作家・中村文則さん(41)

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 意外にも、十七年の作家生活で初のエッセー集だ。新聞や雑誌に発表してきたものに、書き下ろしを加えた約百篇を収める。

 <国家=首相と勘違いしている人がいる。首相は国家の一部に過ぎない><憲法9条を変えれば、私達(たち)日本人は決定的なアイデンティティを失う>

 「炎上」を恐れ、政治的な発言を避ける著名人が少なくない中、直球勝負の論考が並ぶ。躊躇(ちゅうちょ)や忖度(そんたく)は一切なし。「確かに作家が政治的発言をしても、ろくなことがない。でも出版界で利益を享受している以上、責任というものがある。今一番必要な言葉はこれじゃないか、と意識して書きました」

 もともと書籍にまとめる予定はなかったというが、昨今の言論を巡る状況を見て、考え方を変えた。「今はネットの言葉って何でも消せてしまう。それを繰り返すと、言葉に対する責任がどんどん失われていく。絶対に消えない活字の言葉を、自分の責任でしっかり提示したかった」

 このように紹介すると、硬い内容ばかりかと思われそうだが、創作の裏話や漫画『ONE(ワン) PIECE(ピース)』について、将棋の観戦エッセーなど、話題は多岐にわたる。思わず笑ってしまう妄想や下世話なエロ話も満載だ。「『中村って変な人だな、こんな変なやつでも生きていけるんだな』と読者に思ってもらえれば」

 何度か出てくる幼少期の話が興味深い。<取り敢(あ)えず何に対しても、まず疑うような子供>で<色々と考え込み、他人に迷惑をかけ、混乱することの多い子供>だったという。「この世界になじんでいない、生きづらい感じがずっとあった」。その意識が、多様性の尊重という現在の考え方の背景にある。「きれいごとでなく個人的な理由。いろんな人がいていいんだという流れにならないと、僕みたいな人間は苦しいので」

 心理学用語の「公正世界仮説」や「委縮は伝播(でんぱ)する」というキーワードなど、本紙朝刊で連載中の「逃亡者」をはじめとする近作とリンクする内容も多い。「小説は人間の内面描写に適したメディア」と強調する。「差別とは人を個人として見ず、外側から一括(くく)りにすること。だから小説を読み、人を内面から見る習慣がある人は本来、差別主義者にはなり得ないんです」。読者への信頼が、言葉の端々から伝わってきた。

 河出書房新社・一五一二円。 (樋口薫)

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