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【書く人】

「当たり前」を疑う 『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』 作家・古谷田奈月(こやた・なつき)さん(37)

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 サリバン先生は視力と聴力を失ったヘレン・ケラーの手に水を注ぎながら、手のひらに何度も文字をつづった。やがてその二つが結び付き、ヘレンは「ウオーター!」と叫ぶ−。

 「私にとっての執筆の原動力は、この『ウオーター!』って発見するような驚きなんです」と古谷田さんは言う。当たり前だと思っている現象が、ふとした拍子に不思議に思えてくる。だから、その「当然」を徹底的に疑う。一度壊し、再び「発見」する。

 この新作でも「神社の結婚披露宴」から派生する数々の疑問をユーモアたっぷりに洗い出す。結婚って? 軍神って? 国家とは?

 「今の社会の右傾化現象が気になる。明治維新から百五十年ちょっと。新しい思想を日本の伝統と信じ込むことに違和感があった」

 物語を書くことが好きな主人公の青年・浜野は、神社の披露宴会場でアルバイトを始める。その神社にまつられる日清・日露戦争で活躍した「軍神」が、どんな人物かも知らずに。

 浜野はやがて、結婚披露宴が「伝統主義による女性差別」(女が男上位の家制度にのみ込まれる)と「商業主義による男性差別」(主役は新婦)に満ちた滑稽な儀式だと気付く。だが「それならば虚飾の限りを尽くそう」と割り切り、仕事に精を出す。そこへ「“自分の本心”と結婚式を挙げたい」と希望する謎の女性が現れて−。

 自身も、神社の披露宴スタッフとして十年働いた経験がある。「拝殿前で一礼するのが義務。信仰がないのに、何に頭を下げているのか分からなかった」

 就職や結婚で制度に組み込まれること、宗教やナショナリズムによりどころを求めること…。集団の一員となって安心し、自分の頭で考えずに既存の価値観に合わせることは楽だが、思考停止の危険と隣り合わせでもある。「誰もが自分の存在を肯定してほしくて居場所を探しているのだと思う。私は小説を書くことが人生の中心なので、傍観者でいられるずるさがある」

 同性愛が主流で異性愛が異端視される近未来を描いた小説『リリース』で注目を集めた。どの作品も読み手の心をざわつかせ、読後は何とも言えない開放感と心細さに襲われる。

 「次は全然違うものを書く。でも、今当たり前と思われていることに疑問を抱くところは同じだと思います」。河出書房新社・一七二八円。 (出田阿生)

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