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【書く人】

笑いと風刺の花咲かせ 『冗談音楽の怪人・三木鶏郎(みき・とりろう)』 コラムニスト・泉麻人さん(63)

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 今や三木鶏郎(一九一四〜九四年)という名前を聞いてピンと来る人は少数派だろう。しかし、ある世代以上なら、彼がつくったCMソングやテレビアニメの主題歌を誰もが口ずさめるに違いない。本書は、終戦直後から昭和三十年代にかけて活躍し、日本のポップカルチャーの始祖となった“怪人”の初の評伝である。

 「僕が初めてトリローの名を知ったのは小学校一年生。テレビ漫画『鉄人28号』でした」と明かす。「♪ビルのまちに ガオー」で始まる主題歌に、多くの子供たちが胸を躍らせたことだろう。後に、耳になじんでいた「♪ワ・ワ・ワー・輪が三つ」「♪カーンカン・カネボウ」「♪明るいナショナル」などのCMソングを手掛けた、その道の大家であることも知る。

 連合国軍総司令部(GHQ)による占領下の一九四七年、NHKラジオで始まった番組『日曜娯楽版』で「冗談音楽」コーナーを担当。自作のしゃれた音楽の合間に、時事風刺などのコントを盛り込む構成で、大人気を呼んだ。泉さんは、トリローの生誕百年を記念したラジオの特番で進行役を務めた際、数々の音源に触れて「一年ごとに生活様式、世相も大きく変わった濃い時代の社会史を活字で残したい」との思いが募り、自身も初の評伝執筆に挑んだ。

 トリローは弁護士の父を持ち、暁星(ぎょうせい)中学、旧制浦和高校、東京帝大法学部とエリートコースを歩んだ。街歩きの達人でもある泉さんは、六本木、青山、市谷、内幸町(うちさいわいちょう)などゆかりの地を古地図と資料を手に歩き、関係者への取材も交え、今昔の移り変わりを巧みに描写。トリローが幼少から通った日本橋の西洋料理店が、「天皇の料理番」として知られる秋山徳蔵も料理長を務めたフランス料理店「東洋軒」の支店で、そこでクラシック音楽の生演奏に触れたことが“音楽の背骨”になった事実を突き止めた。

 戦後の焼け野原に笑いと風刺の花を自在に咲かせた「冗談音楽」。「リズム感、スピード感に満ち、『おとなの漫画』『ゲバゲバ90分』など後の人気テレビバラエティー番組に大きな影響を与えた。聴取者の投稿を活用したのも画期的だった」

 糖尿病を患い、早くに第一線を退いたトリロー。「学生時代の延長で趣味を仕事にしてしまった点は僕と似ている。ぜひ一度お会いして、お話をしてみたかった人物です」。新潮選書・一六二〇円。 (安田信博)

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