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【書く人】

閉じられた魂の世界 『小箱』 作家・小川洋子さん(57)

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 死んだ子は生きている。小さなガラスの箱の中で。最愛の子をなくした親だけが、そこで成長する子どもの未来を信じている。靴を履いて歩く練習をし、九九や字を覚え、いずれ結婚式も挙げる−。

 小川さんの七年ぶりの書き下ろし長編は、死んだわが子とつながる仕掛けを持った親たちを静かに見つめる物語だ。幼稚園の講堂だった場所に並ぶガラス箱には、おしゃぶりや初めての靴など、子の成長に合わせた物を収めにやってくる。西風が吹く丘の“一人一人の音楽会”では、耳たぶにぶら下げた小さな手作りの楽器を通して亡き子の声を聞く。

 「語り手の『私』は見守っているだけ。その『私』を外側から作家の私が見ている。そこの距離を適切に測るのが一番難しかった」

 物語自体が小さな箱のようだ。登場人物も自分の世界をどんどん閉じていく。「私のテーマなんですね。閉じられたものに対する執着。内へ閉じこもっていく方向にみんな向いているような世界に引き寄せられてずっと書いてきました。物理的には狭いけれど、その中にこそ宇宙がある。矛盾を受け入れないと、子どもを失う現実を受け入れられないんじゃないかと思う」

 東北地方に、若くして死んだ子があの世で結婚できるよう、婚礼の様子を絵馬に描いたり、花嫁・花婿人形をガラスケースに入れたりして寺院に奉納する風習がある。二〇一三年にその地を訪ねた衝撃が作品の源にある。そこに箱の芸術家ジョゼフ・コーネルや微小な文字で執筆した作家ローベルト・ヴァルザー、小川さんが声に恋したミュージカル俳優・福井晶一(しょういち)さんのバリトンの歌声などのイメージが混ざり合い、六年かけて物語ができあがった。

 読み終えた後に解を得られる作品ではない。「書き手ができることは頼りのないもの。言葉の限界でしょうね」と小川さんは言う。だが、描かれた世界に共振する読者はきっといる。

 作中に印象的なせりふがあった。<よい本は、作家より長生きするの>。「自分の死後に作品がどうなろうが考えたことはないけれど、死んだ作家の素晴らしい本が後に誰かを感動させることがあることに、多少自分が死ぬことが怖くない気がすることがある。ガラスの箱の中の魂を愛することと一緒なのかもしれないですね。現実の世界では遠くにいるけれど、魂の世界では交流できるのだから」 朝日新聞出版・一六五〇円。 (矢島智子)

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