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【書く人】

対等の性を問う 『聖なるズー』ノンフィクションライター・濱野(はまの)ちひろさん(42)

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 言葉は通じないのに、なぜか互いの気持ちが分かる。ペットを飼うと、そんな感覚を味わうことがある。では、動物と対等の立場で「合意」することはあり得るのだろうか。いや、そもそも人間同士だって…。

 「相手を大事にすると同時に、自分も大事にされるべきだとアピールすることが重要だと、ズーと出会って気付きました。犬たちはそれが上手なんです」

 本書は、犬や馬などを性的なパートナーとする「動物性愛者(ズー)」の実像に迫ったノンフィクションだ。文化人類学を学ぶ大学院生でもある濱野さんは二〇一六〜一七年の計四カ月、世界で唯一の当事者団体があるドイツを旅し、メンバーの家を泊まり歩き、男女二十二人と親交を重ねた。

 描かれた実態は驚きの連続だ。「ズーは動物たちの性の呼び掛けに気付いている」と濱野さん。動物との合意が成立したときにだけ肉体関係を結ぶという。関係することができないネズミをパートナーとする人や、未経験ながらもズーだと自覚している人もいた。

 動物を性の道具として扱う「獣姦(じゅうかん)」と誤解され、「変態」「動物虐待」と非難されながらも、彼らは時に「聖人君子」と揶揄(やゆ)されるほど真剣に、動物との対等な関係性を追求する。「やむにやまれず、社会的に許されない性的指向を持ち、それでも自分を肯定して生きようと努力している人たちでした」

 本書は、濱野さん自身の回復の物語でもある。十九歳から交際期間も含む十年間、元夫からドメスティックバイオレンス(DV)を受け続けた。性暴力と支配に甘んじた、と自分を責め、悩んだ。過去に決着をつけるため、性についての研究を志して京都大大学院に入ったのが三十八歳の時だ。だからこそ、彼女の問いはズーではない私たちにも向かってくる。<言葉での合意さえあれば性暴力ではないと、いったいなぜ言えるだろうか>と。

 ズーへの戸惑いも共感も率直につづっている。特に大きかったのは、人生半ばでズーになった二人の女性との出会いだ。「ズーを否定せず、偏見を取り払う柔軟さ、力強さがあった。勇気づけられました」

 良質のノンフィクションは、知られざる事実を積み重ね、読み手の常識を揺さぶる。今年の開高健ノンフィクション賞に選ばれた本作には、頭がクラクラするような読後感を覚えずにはいられない。集英社・一七六〇円。 (谷岡聖史)

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