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【書く人】

複雑であいまいな性 『デッドライン』 哲学者・批評家 千葉雅也さん(40)

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 フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの著作を挑戦的に読み解き、現代人の「接続過剰」に警鐘を鳴らしたデビュー作『動きすぎてはいけない』。勉強とは自己破壊であり<「来たるべきバカ」に変身する>ことである、と刺激的な論考を展開した『勉強の哲学』−。話題作を次々刊行してきた気鋭の哲学者が、初めて発表した小説で野間文芸新人賞に選ばれた。

 ゲイの大学院生が一夜の相手を求め「ハッテン場」を回遊(クルーズ)する。次の場面では、ゼミの講義で中国古代哲学とフランス現代思想の関連に思索を深めている。夜の顔と昼の顔に引き裂かれながら人生を模索する主人公に、ひたひたと修士論文の締め切り(デッドライン)が迫る。

 さまざまな読みができる小説だ。ビビッドな同性愛小説であり、知的好奇心を刺激する哲学小説。しかし何よりもまず、性欲を持て余し、勉学に悩む一人の若者を描いた、普遍的な青春小説にほかならない。

 舞台は二〇〇一〜〇三年の東京。「私小説というわけではない」と断るが、ゲイであることを公言する著者自身が、大学で哲学を学んだ時代と重なる。その背景には現代への強い懸念が潜む。「あらゆる物事がいいかげんだった時代を書きたかった。今はとにかく効率が重視され、標準的で規格的な対応が求められる。世の中から、どんどんノイズが排除されている」

 昨今盛んとなったLGBT(性的少数者)をめぐる議論にも、当事者として同種の違和感を抱いている。「少数派の人権のためと言いながら、彼らの持つ複雑さを直視していない。例えば『男が好きな人も、女が好きな人も、みんな愛だからいいじゃない』みたいな単純化をしては、全く欲望というものの繊細さを見落とすことになる」

 性とはもっと複雑で、あいまいなもの。その思想は小説でも貫かれる。主人公は男として男を愛しながら「普通の男性性」にも憧れを抱く。あるいは女性に性欲を抱きつつ「彼女になる」ことを志向する。思い悩む彼に、そしてそれに寄り添う読者にも、哲学は一つの示唆を与えてくれる。

 「自分にとって、小説と哲学はスペクトラム(連続的)だと分かった。具体性のつまみをひねれば小説的になり、抽象性に振り切ると哲学的になる。『本業はどっちだ』という批判は無視して、両方書き続けたいと思っています」。新潮社・一五九五円。 (樋口薫)

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