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【書く人】

そこに暮らす理由 『I(アイ)の悲劇』作家・米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)さん(41)

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 過疎と高齢化の末に住民が一人もいなくなった山あいの集落を復活させようと、Iターンプロジェクトが計画された。静かな暮らしを願う家族、起業を志す若者ら移住者の間で発生する謎とあつれき、それに振り回される公務員たちを描く連作ミステリだ。軽妙でバラエティーに富んだ物語の根底に、疲弊する地方の現実が横たわる。

 一度「死んだ」集落を題材にした物語を書くきっかけは、災害のニュースに対する人々の反応への違和感だった。「豪雪地帯や水害が多い地域に住む人への『なぜそんな所に住むのか』という批判が嫌だった。より安全な土地で暮らす方が合理的だが、生活を維持してきた人々を軽々に否とは言えない」

 一方、集落が生まれ、栄える背景には、資源や政治など理由がある。「人が集まって暮らすことは、合理性だけでも、合理性を抜きにも語れない。一刀両断にできないからこそ、小説に書く意味があると思った」

 舞台となる「南はかま市簔石(みのいし)」は架空の集落だが、巧みな描写で、実際にありそうだと思わせる。例えば合併で生まれた広大な市の東端に<盲腸のように飛び出している>という地理。弘法大師が訪れた伝説に由来する名前…。登場する謎も、水田を使った密室や、代々伝わる仏像にまつわる怪奇現象など、土地や歴史と結びついている。細部が丁寧につづられているからこそ、救急車の到着にかかる時間の長さ、空き家の老朽化といった難題も現実として響く。

 第一章の短篇「軽い雨」は二〇一〇年に発表。当時から全体を構想していたが「本にまとまるまで九年かかった。この間、地方の状況が良くなって、物語が現実とかけ離れる可能性もあった」。だが、状況はむしろ悪化した。刊行前に書き下ろした章では、ある登場人物が、南はかま市を<いまじゃどこにでもあるまちさ。何県なのかもわかりゃしない>と語る。

 「物語の中心に解けない大きな謎がある」と米澤さん。虚構の舞台をもって現実を俯瞰(ふかん)する本作は、手がけてきた小説の中でも社会性が高い一冊だ。人がある土地に住み、暮らすとはどういうことか。そこに果たして「正解」はあるのか。決して便利ではない簔石で、人々が笑って暮らす光景がそう問いかける。

 文芸春秋・一六五〇円。

 (谷口大河)

 

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