東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書く人 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書く人】

子どもを支える「祈り」 『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子(なかもと・ちかこ)の真実』ジャーナリスト・秋山千佳(ちか)さん(39)

写真

 「ただいま」というあいさつを知らない子がいた。空腹を紛らすためにシンナーを吸う少年も。少年院を出た後に引受人のいない例は珍しくない。どこにも受け皿のない子どもたちを、問題のある親まで丸抱えにしながら無償の手料理で支えてきた「ばっちゃん」と呼ばれる女性がいる。中本忠子さん(85)。広島市・基町(もとまち)のアパートを拠点に約四十年にわたり、数百人以上のおなかと心を満たしてきた。「こんなにすごい人がいたんだ。もっとこの人のことを知りたい」という熱い思いが三年余りの歳月をかけて一冊のルポルタージュになった。

 朝日新聞の記者時代から学校の保健室を取材し、貧困や虐待などに「声なきSOS」を上げる子どもたちを著書『ルポ 保健室』で取り上げた。そこで痛感したのが「家庭に頼れる大人のいない子があまりにも多い」という「つながりの貧困」。家族の枠を超えて子どもたちを支えられる地域の在り方を模索していただけに「探していた人を見つけた!っていう興奮がありました」。

 だが、快く受け入れてもらえたはずの取材は壁にぶち当たる。なぜそこまで人のために尽くせるのか−という動機が一向につかめない。「若くして結婚したが夫と死別し、三人の男の子を女手一つで育てた」とされる過去に触れることもかたくなに拒まれた。中本さんが沈黙する中でメディアによる「広島のマザー・テレサ」という聖人伝説が独り歩きしていく。

 「美談にならない部分にこそ活動の源泉がある」という中本さんの息子の示唆を頼りに、一人一人関係者をたどり、話を聞いた。広島という街が負った原爆の傷、経済的に自立の難しいシングルマザーの境遇などが一枚一枚薄皮がむけるように明らかになっていく。そこに流れていたのは<よその子に与えることによって、うちの子にも誰かが与えてくれるじゃろう>という「祈り」のような思いだった。

 「自分と同じ苦しみ、悲しみを抱えた一人の女性だと、自身と重ねながら読んでもらえると思います。特別な人の特別なストーリーじゃない。だから、受け継いでいける精神はある」。とはいえ、人のプライバシーを明らかにすることがどこまで許されるのか思い悩み、執筆中に体重が四十キロを割り込んだ。本書は一人のジャーナリストの成長物語でもある。「中本さんの懐の深さに私も包み込まれました」。KADOKAWA・一八七〇円。 (矢島智子)

写真
 

この記事を印刷する

PR情報