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【書く人】

基地は自分の問題 『菜の花の沖縄日記』 坂本菜の花さん(20)

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 菜の花、は芸名のようだけれど本名だ。何度踏まれても起き上がる花だから、と名付けられた。

 高校時代、沖縄のフリースクールに通った。少女のまっさらな目で見つめた、沖縄と日本。その三年間の体験を北陸中日新聞に連載したコラムが、一冊の本になった。

 生まれ育ったのは能登半島の先端、石川県珠洲(すず)市。今は故郷に戻り、両親の営む旅館を手伝う。「自分と関係ない出来事なんてない。そう感じるようになりました」と話す。

 中学の時、オスプレイの発着場建設が進む沖縄の集落を訪れ、地元の人の明るさに引きつけられた。那覇市内の伝統料理店で働きながら、「珊瑚(さんご)舎スコーレ」の高等部へ通った。

 県民の四人に一人が犠牲になった沖縄戦。夜になると、戦争で学校に行けなかったおばあ、おじいが夜間中学にやってきた。ある人は、遺体の山を踏みながら「自分の足をつかむ人を、蹴り飛ばして逃げた」と泣きながら戦時を語った。

 「ウチナンチュ(沖縄の人)の優しさに、私や、ヤマトンチュ(本土の人)はつけこんでいる」。この本を読むと、高校生のみずみずしい感性を通して、日本の現実がくっきり浮かび上がる。感性が鈍磨した読み手はハッとさせられる。

 在学中の二〇一六年、二十歳の女性が米軍属男性にレイプされて殺された。自分と四歳違い。本土では「抗議活動が大きくなる恐れ」「米大統領の広島訪問に水を差す」と報じられた。抗議が、「恐れ」…。「言葉のひとつひとつが、私の喉に刺さって抜けません」と書いた。

 最近、「故郷と沖縄が初めてつながった」という。石川県で一九五二年に起きた「内灘闘争」。海沿いにできた米軍の試射場に地元漁師らが反対し、撤収させた。これが全国の基地反対闘争に波及し、やがて復帰後の沖縄に各地の基地が集中する結果になった。「ふるさとも、沖縄と同じ運命をたどったかもしれない」

 県民投票での七割超の反対を無視して、辺野古の海の埋め立ては続く。無力感に襲われる時は、「あなたのすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない」というガンジーの言葉を思い出す。世界はすぐに変えられない。でも、自分が世界に変えられないために。

 ヘウレーカ・一七六〇円。 (出田阿生)

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