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【書く人】

ある「慰安婦」の人生 『草(くさ)』 グラフィック・ノベル作家 キム・ジェンドリ・グムスクさん(48)

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 今、世界中で注目される漫画だ。フランス語、英語、イタリア語に翻訳され、スペイン語やポルトガル語、アラビア語での出版も予定。米紙ニューヨーク・タイムズで絶賛され、フランスの漫画賞にも選ばれた。

 それが、旧日本軍の「慰安婦」にされた女性の半生を描いた本だと聞けば、驚くかもしれない。日本語版は市民がネットで寄付を呼びかけ、出版が実現した。

 刊行後、イタリアの女性から「自分の娘にこの本を贈った」と手紙が来たという。「おそらく、その娘さんも性被害を受けたのでは。この本は、今も絶え間なく起きている性暴力の問題につながっているのです」

 主人公は、元「慰安婦」として証言を続けている李玉善(イオクソン)さん。極貧の小作農の家に生まれ、中国東北部の旧日本軍の慰安所に連行された。「被害者は誰の子どもだったのか、と考えた」。日本の植民地支配は朝鮮の民衆を困窮に追い込んだ。被害を生んだ社会的背景、構造を描いた。

 著者は韓国生まれ。渡仏して彫刻を学び、十七年暮らして韓国に戻った。漫画は「紙とペンだけでできる」と独学で始めた。作風は、まるで「絵で描いた小説」。ざわめく麦の穂、空に刺さる冬枯れの木立…。自然を描く筆跡は墨絵のようだ。白黒の画面が美しい。

 抑制された表現を心掛け、性暴力の場面は「一切、再現しない」と決めた。初潮もまだだった李さんが、初めて日本兵らに強姦(ごうかん)される場面は、魂を抜き取られたような表情の少女の頭部だけが描かれる。三ページにわたって真っ黒に塗りつぶしたコマが続く。闇の中で何が起きていたのか。読者の想像に委ねられる。

 作中では、著者が被害女性が暮らす韓国の施設「ナヌムの家」に通い、李さんにインタビューする様子も描いた。過去を語る老女の横顔が中年女性になり、やがて被害時の少女の顔へと若返っていくコマがある。李さんは終戦後も中国で辛酸をなめ、高齢になってやっと韓国に戻った。だが、慰安婦の経歴を知ると家族はとたんに冷たくなった。

 「これは過去ではなく現在進行形の話。李さんの好きな食べ物は、一番幸せだった時は…。政治的なメッセージではなく、一人の女性の人生を描きたかった」。女は花=飾りではない。生き延びた女性たちの強さを心から尊敬し、このタイトルをつけた。都築寿美枝、李〓京(りりょんぎょん)訳。ころから・三三〇〇円。 (出田阿生)

※〓は日へんに令

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