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【書評】

日本型資本主義 寺西重郎著

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◆信頼、協同を醸成した宗教観

[評者]根井雅弘(京都大教授)

 ベルリンの壁の崩壊以降、各種の資本主義論はおなじみのものとなったが、本書は、宗教観の違いに着目して、各国資本主義の勃興についての「大きな物語」を提示している。今後、論争を引き起こしそうである。

 西洋のキリスト教世界では、予定説によって現世の価値は否定されているので、超越神による救済を求めることが人々の行動の前提となった。この世界では、経済行動の周りは自立した個人と公共世界からなると認識されるので、人々は公共の厚生を高める物質的充足のために禁欲的な職業行動をとることが行動規範となった。

 ところが日本の仏教世界では、輪廻転生(りんねてんしょう)によって現世の価値が否定されている点は西洋世界と同じだが、キリスト教と違って、輪廻の苦しみからの脱却を求めることが行動原理になった。この世界では個人の周りに身近な他者がいるので、人々は悟りを得るために職業的求道として経済活動に従事し、身近な他者との間に道徳秩序を構築するのが行動規範となったという。

 注目すべきは、著者が鎌倉新仏教が成し遂げた革新のインパクトを非常に重視していることである。日本に伝来した大乗仏教には、廻向(えこう)概念によって大衆を救済しようとする工夫が組み込まれていたが、お寺に多額の寄進をして功徳を積むことができた一部の貴族や金持ち以外に広がることはなかった。しかし、鎌倉新仏教は「易行化(いぎょうか)」(修行の簡素化と容易化)により、単に念仏を唱えたり坐禅(ざぜん)を組むことによって善業(ぜんごう)が蓄積される道を開いた。

 さらに、易行化による求道的職業行動が江戸時代の士農工商の職分の規定を生み、二宮尊徳や石田梅岩(ばいがん)などが職分規定を前提とした通俗道徳を確立・普及させ、それが信頼の醸成や協同の拡大(これを著者は「社会資本」と呼んでいる)につながったという。

 大胆な仮説と綿密な論理形成は啓蒙書(けいもうしょ)の範囲を大きく超えるが、資本主義の淵源(えんげん)を宗教観から解き明かし、読者を知的興奮に導く力作である。

 (中公新書・950円)

 1942年生まれ。一橋大名誉教授。著書『歴史としての大衆消費社会』など。

◆もう1冊

田中修著『日本人と資本主義の精神』(ちくま新書)

 

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