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【書評】

変わったタイプ トム・ハンクス著

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◆「アメリカ」 詰まっている 

[評者]江國香織(作家)

 この人はほんとうに才人なんだなと思う。オーヴンからだしたてのパンみたいに一つずつ形の違う、温度と匂いのある短編がたっぷり十七編(そのうちの四編は、架空の新聞のコラムという体裁をとった連作)。なかなか読み応えがあります。

 非常に精力的な彼女と過(すご)した二十一日間をコミカルに描いた「へとへとの三週間」や、美しく家庭的なクリスマスの情景と、過酷な戦場のありさまとの対比が鮮やかな「クリスマス・イヴ、一九五三年」、タイムトラベルをする大富豪の経験が語られる「過去は大事なもの」など、どの短編も輪郭がくっきりしていて、実際に目撃したみたいに印象に残る。

 SF的なものからひっそりした家族小説(これがいいのです。父と息子を描いた「ようこそ、マーズへ」とか、離婚して、子供たちと新しい生活を始めようとしている女性が主人公の「グリーン通りの一カ月」とか)まで、しっかりヴァラエティに富んでいる。

 しかも、複数の短編におなじ四人組が登場し、全体にそこはかとない調和をもたらしてもいる(彼らのうちの一人が活躍する「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」は、味わい深い一編)。さらに全編にタイプライターがでてくるという趣向も凝らされていて、著者のサービス精神の旺盛さと性格のよさ(たぶん)に驚く。

 この一冊に詰まっているのはアメリカである。移民、戦争、月面着陸、ハリウッド、一九三九年のニューヨーク万博、といった道具立てのみならず、人々の健全さも不健全さも、家族のありようも、すがすがしいまでにアメリカであり、てらいなくまっすぐに、トム・ハンクスはそこに小説を組立(くみた)てていく。

 育ちのいい小説というものがあるとしたらこれがそれではないかと思う。誠実で勇敢。ちょっと意地悪なコラム四本も不思議な効果を添えていて、気持ちのいい一冊に仕上がっている。

 (小川高義訳、新潮クレスト・ブックス・2592円)

 1956年米国生まれ。アカデミー賞主演男優賞を2度受賞した国民的俳優。

◆もう1冊 

井上荒野・江國香織著『あの映画みた?』(新潮社)。映画をめぐる対談。

 

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