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【書評】

太平洋戦争 日本語諜報(ちょうほう)戦 言語官の活躍と試練 武田珂代子(かよこ)著

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◆日系二世の価値見いだす

[評]ソーントン不破直子(日本女子大名誉教授)

 「実際の戦闘前にこれほど敵のことを知っていた戦争はこれまでになかった」とダグラス・マッカーサーは言ったそうだ。さらに、翻訳アプリが身近になっている二〇一七年ですら、米国国防総省は言語サービスに対する政府支出総額の50%(約三百十五億円)を翻訳通訳業者に支払った、と本書は伝える。戦時ばかりでなく平時にも、諜報活動において「言語」がいかに重要であるかを思い知らせてくれる、含蓄に富む著書である。

 本書は太平洋戦争の対日諜報戦において、米国、英国、オーストラリア、カナダの言語官がどのように関わったかを、言語官の受容条件や処遇などを通して多面的に示していく。

 米国は、明治時代から軍人の日本語習得に対応し、太平洋戦争直前には多くの懸念を押し切って日系二世と日本育ちの帰米者を軍の言語官として活用した。二世語学兵は終戦までに二千五十万頁(ページ)分の文書を翻訳し、日本軍の交信を傍受し、山本五十六の乗る航空機を特定し、「海軍乙事件」の文書を解読し、数々の戦果をあげた。他方、日本軍兵士は日記をつけ、捕虜となったらいかに返答するかも教えられず(日本軍は囚(とら)われたら自決することになっていたから)、彼らの無防備な日記中の情報や返答が日本語通訳官を通して米軍に筒抜けだった。日本の敗戦、いや開戦自体が、いかに日本の自己満足の結果であったかが今さらながらに分かる。

 カナダは非白人として日系二世の価値をなかなか認めず、終戦の年まで対日諜報活動に参加させなかった。強制収容や悲劇的な結果をもたらす処分もして、日本の敗戦後も日系人排除政策が続くなど、暗い歴史がある。

 戦後、特に米国と英国のかつての軍専用の言語学校が優秀な日本学者を輩出し、日本を世界に開き、日本人自身が自己を世界的視点で見る機会を提供している。戦後の高度成長期に、日本は戦前のような自己満足に浸っていなかったかを思わずにいられなかった。

(ちくま新書・864円)

 立教大教授。専門は翻訳通訳研究。著書『東京裁判における通訳』など。

◆もう1冊 

 森山優著『日米開戦と情報戦』(講談社現代新書)

 

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