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【書評】

江戸東京の明治維新 横山百合子著

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◆世直しの混乱、右往左往する民

[評]木内昇(作家)

 幕府は瓦解(がかい)したけれど…というのが明治初期、人々が一様に抱いた感慨だったのではないか。幕末、「新たな世を作る」と意気込んでいた勤王家の中で、新政府の構想を具体的に描いていた人物は必ずしも多くなかったように思う。しかもそのわずかな有志は動乱の中で命を落とし、ようやく御一新が成ったとき、庶民はもちろん官員さえも「はて、なにをどうすれば」と、立ちすくんだ。本書には、そんな東京誕生直後の混乱が、膨大な史料を噛(か)み砕くことによって丹念に記されている。

 旧幕臣、遊女、屠場(とじょう)の人々と、多様な観点から変遷が捉えられているのも興味深い。なにしろすべて初めてのことであり、ゆえに想定外の難題が次々と持ち上がるのだ。

 旗本御家人は徳川家に従って駿府(すんぷ)に移り、武家地は荒廃する。人口が減れば経済は滞り、商人も左前になる。景気は悪化の一途だが、根は楽天家の江戸っ子たち、なんとかならぁね、とばかりに安穏と構えていたのか、東京府知事の大木喬任(たかとう)は、「人は働かなくては生きていけないことを理解させ」るために、意見書まで出す。不逞(ふてい)の士が流入し、物貰(もら)いも増す一方。人の流動が激しすぎて、新政府は戸籍を作成することもままならない。身分や職業で住む町も明確に区分されていた江戸の空間的変化により、人々の生き方まで変わっていくのだ。

 拝領している土地を他の地所と引き替え、抜け目なく土地経営に走る旧幕臣が現れる。芸娼妓(げいしょうぎ)解放令が発布されたのに楼主から容易に解かれず苦悶(くもん)する遊女もいる。新たな制度を巧みに活(い)かして大成する者もあれば、旧弊のまま取り残される者もあって、時代の変わり目の身の振り方をも、ふと考えさせられる。

 御一新とは革新的世直しといった印象が強いが、その実、軸のぶれた政治に民は翻弄(ほんろう)され、混沌(こんとん)に陥っていたのだ。単に現状を壊すことを終着とせず、その先にある理想的な形を見据えて行ってこそ、真の改革と言えるのだろう。この命題は現代の国政にも、引き継がれている気がする。

(岩波新書・842円)

国立歴史民俗博物館教授。著書『明治維新と近世身分制の解体』など。

◆もう1冊 

木内昇著『漂砂のうたう』(集英社文庫)。維新後の遊郭の人々を描く物語。

 

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