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【書評】

評伝 田中一村(いっそん) 大矢鞆音(ともね)著

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◆南国の絵に、見えない世界見る

[評]小林忠(岡田美術館館長)

 二〇一八年は画家田中一村の生誕百十周年ということもあって、日本各地の美術館でその回顧展が開催された。さらにパリでも、代表作「不喰芋(くわずいも)と蘇鐵(そてつ)」をはじめとする作品の展示が実現した。生前「私の死後、五十年か百年後に私の絵を認めてくれればいいのです」と語っていたという一村だが、没後四十年ほどで既に高い評価に恵まれた。さらには、早くから田中一村の価値を認めてその顕彰に努めてきた大矢鞆音氏による評伝が刊行されたのである。七百ページにも及ぶ文字通りの大著には、生前の一村を知る数多くの人々へのインタビューと五百点に余る作品の鑑賞からなる、詳細を極めた伝記、人柄と交友関係、作品の徹底した批評と評価が尽くされている。

 田中一村(一九〇八〜七七年)は、東京美術学校に現役で合格し、東山魁夷(かいい)や橋本明治らと同級になったが二カ月で中退、その後は独立独歩、画壇に認められなかった。五十歳の一九五八年、沖縄返還前の当時日本最南端の奄美大島に転居、以後二十年、南国の自然を描く独自の画境を開拓した。六十九歳の秋、孤独のうちに急逝、無念の生涯を閉じた。その七年後、NHK教育テレビの「日曜美術館」で一村の必死懸命の作画人生と作品が紹介され、視聴者の共感と特異な花鳥画への評価が高まった。大矢氏は、放送後ただちに一村に関心を抱き、作品展の企画と画集の出版を通して、その存在に広く世間の耳目を集めてきた。

 本書の骨子は、奄美の地元紙・南海日日新聞社からの、「社会面の一村」から本来の画業に集中する「文化面の一村」をとの依頼に応えたもので、その連載は八年にも及んだ。作者に寄り添う愛情のこもった視線も行き届いて、一村画の魅力を存分に分解し、語り尽くしている。奄美の風土を描きながら「見える世界の奥に見えない世界の存在を感じさせる」と説く著者の弁に、一村画には宗教的な観念が通奏低音として鳴り響いていると感じている私は、首肯し、共感し、また強く惹(ひ)かれた。

(生活の友社・4860円)

1938年生まれ。美術評論家。安野光雅美術館館長。著書『画家たちの夏』など。

◆もう1冊 

大矢鞆音監修『田中一村作品集[増補改訂版]』(NHK出版)

 

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