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【書評】

<焼やけ跡あと>の戦後空間論 逆井聡人(さかさい・あきと)著

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◆覆い隠された不均衡 鮮やかに

[評]福間良明(立命館大教授)

 かつて、ビジネス書の編集者だったころ、CMでも有名なある食品会社の創業者に話を聞いたことがある。在日外国人だった創業者は、終戦直後の闇市で食堂を始め、苦労を重ねながら中堅企業に育て上げた。その「成功の秘訣(ひけつ)」についての取材だったが、とにかく「いろんな方々への感謝の一言に尽きます」と繰り返していたのが、印象に残っている。差別を受けたり、悔しい思いをしたことも多々あったのではないかと思うが、それには一切、言及がなかった。ただ、気のせいか、「感謝」という言葉で何かを必死に隠そうとしているようにも見えた。むろん、私が原稿化したときには、そのことにはふれなかったが。

 本書を読み終えて、二十年もまえのこの出来事をふと思い出した。焼跡・闇市は戦後復興の起点として語られ、ときに反権力的で活気に満ちたイメージも帯びる。だが、そこで、何かが見えなくされてはいないのか。本書はこうした観点から、焼跡・闇市の表象を多角的に分析している。

 考えてみれば、焼跡・闇市は、さまざまな不均衡を内包していたはずである。米軍の空襲は、下層労働者が集住する地域を重点目標にしており、焼跡は日本人に均等に広がっていたわけではない。闇市は、そもそも軍関係者らによる物資の横流しの延長上にあった。闇市は「在日」への蔑視と絡めて語られることもあるが、彼らが闇市のほか生計の基盤を持てなかった状況も見落とすべきではない。

 これらの不均衡はいかに覆い隠され、単一民族主義的な「国民的地景」が語られてきたのか。逆に、そこにいかなる綻(ほころ)びが映し出されていたのか。本書は、映画『野良犬』から金達寿「八・一五以後」まで、さまざまな映画・文学を分析しながら、これらをじつに鮮やかに描いている。

 冒頭の創業者は、戦後日本社会で経営的な成功を収めた。だが、それは、「感謝」以外のものを封印して生きることと、引き換えだったのだろうか。本書は、焼跡・闇市のみならず、戦後全体をめぐる重い問いを提起している。

(青弓社・3672円)

1986年生まれ。東京外国語大特任講師。共著『盛り場はヤミ市から生まれた』。

◆もう1冊 

坪井秀人編『敗戦と占領』(臨川書店)。闇市、基地、検閲などから考察。

 

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