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【書評】

グッバイ・クリストファー・ロビン アン・スウェイト著

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◆プーさんの生みの親とは

[評]安達まみ(聖心女子大教授)

 クマのプーさんが世代を超えて愛されつづけるのはなぜか。物語の生みの親ミルンはどんな人だったのか。著者は『A・A・ミルン その生涯』(一九九〇年、未邦訳)でウィットブレッド文学賞伝記部門の年間最優秀賞に輝いた英国屈指の伝記作家。本書では、四冊のクマのプーさんものを創作した頃を中心に、ミルンと周辺の喜怒哀楽を詳しく描く。後年、ミルン父子はプーが元で絶縁するが、本書が伝えるのはリベラルな平和主義者ミルンが第一次大戦から生還後、息子クリストファー・ロビンに愛情を注いで対等に接し、病弱な兄ケンとその家族を助け、<いま、ここ>にある創作を愉(たの)しむ姿だ。

 定評ある劇作家だったミルンの初の子ども向きの詩集が、大西洋の両側で熱烈に歓迎されたこと。次作を迫られ、出版に恥じぬ唯一の手持ちの物語が息子に聞かせたテディベアの話だと、プロの作家の勘を働かせて『クマのプーさん』の第一話を執筆したこと。プーの名前の由来。挿絵画家シェパードとの協働。興味深い情報がめじろ押しだ。

 随所に鏤(ちりば)められたミルン論が本書の特長だろう。著者はミルンの言葉への感受性に着目し、最初の詩集は、味わいや歯応えのある表現に聞き慣れぬ言葉を少し交えた語彙(ごい)が、幼児に理解できて大人も飽きさせないと指摘する。物語には「双方向に働く力」、子どもにとっては未来を拓(ひら)き、大人にとっては過去を拓く力があり、描かれるのは「性徴前、識字前」で「現実の世界よりも優しく、魅力的」な世界である、と作品の本質を見抜く。

 甘ったるいと誤解されがちなミルンだが、<いま、ここ>を守るために森の世界との別れを決意した。結末で「少年とその子のクマがいつもあそんでいる」のが、もはや記憶の中だけなのは、少年も作者も前を向くためだった。

 劇作家としての成功を願ったミルンに名声の歓(よろこ)びと痛みは望まぬ形でやってきた。それでも晩年にはプーと和解したのかもしれない。そう本書は示唆する。丁寧な訳注も日本の読者にはありがたい。

(山内玲子・田中美保子訳、国書刊行会・2916円)

英国の伝記作家。絵本や児童文学作品も多い。東京女子大でも教えた。

◆もう1冊 

A.A.ミルン作『クマのプーさん プー横丁にたった家』(岩波書店)

 

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