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【書評】

月岡芳年(つきおかよしとし)伝−幕末明治のはざまに 菅原真弓著

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◆狂気の絵師 実像を再発見

[評]日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

 幕末・明治に活躍した絵師、月岡芳年。「最後の浮世絵師」と称されることも多く、美術館の展覧会では、近年、若い人たちを中心に注目を集めている。その芳年の伝記に関する一次資料や回顧録、過去の研究論文を丁寧に整理した上、画業の変遷を俯瞰(ふかん)的に分析したのが、本書である。

 本書の表紙には、芳年の代表作である、逆さ吊(づ)りの女性が殺害された、凄惨(せいさん)な「血みどろ絵」が採用されている。しかも、黒色のカヴァーにはいくつもの穴が空き、そこから朱色の血しぶきが浮かび上がる鮮烈なデザインとなっている。そのため、本書を手にする読者は、残酷な描写を好んだ芳年の狂気について掘り下げられることを期待するかもしれない。

 しかし、著者の狙いは、それとはまったく逆のところにある。すなわち、これまで血や狂気といったキーワードと結び付けられがちであった芳年の人物像を、そこから解き放とうというのだ。

 まず、なぜ芳年が狂気の絵師として語られるようになったのか、芳年が亡くなって以降の評価の変遷を丹念に追う。そして、昭和四十三(一九六八)年、作家・三島由紀夫の語りに転換期を見出(みいだ)すとともに、既成概念を打ち崩す芸術が受け入れられるようになった当時の時代背景を読み解く。

 また、芳年の画業を、幕末、明治、江戸回帰の様相を見せた晩年の、大きく三つの時期に分けて考察する。残酷な血みどろ絵は、芳年の膨大な作品の中では、幕末というごく限られた時期の作例にしか過ぎない。そして、作品一つ一つの丁寧な分析から浮かび上がってくるのは、幕末から明治という激動の時代、浮世絵はもちろん、報道や教育、国家のあり方が変わっていく中で、真摯(しんし)に作品を生み出そうとする、芳年という一人の人間の姿である。

 今年は、江戸から明治になってちょうど百五十年。来年の春には元号も切り替わる。時代のはざまに直面する今だからこそ、芳年の作品、そして人物像を、改めて見直す意味があるだろう。

(中央公論美術出版・3888円)

大阪市立大大学院教授。共著に『激動期の美術 幕末・明治の画家たち〔続〕』。

◆もう1冊 

加藤陽介著『鬼才 月岡芳年の世界』(平凡社コロナ・ブックス)

 

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