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【書評】

文学はおいしい。 小山鉄郎著

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◆食の描写に日本が見える

[評]平松洋子(エッセイスト)

 文学はなぜ「おいしい」のだろう。本書は、共同通信社から全国の地方紙に配信された連載「文学を食べる」をまとめた一冊。文芸記者である著者は、日本の小説には「食べ物に関係する場面が非常に多い」と気づく。自身の目線で百の食べ物と文学作品との関係を読み解き、さらに視野を広げ、食べ物の来歴や食文化の内実にも目配り。食物誌の興趣がある。

 さまざまな角度から光を当て「おいしい」背景を探る。谷崎潤一郎「細雪(ささめゆき)」に登場する鯛(たい)には、日本語の語呂合わせの力を。幸田文「おとうと」では、姉弟の絆に重ねられた鍋焼きうどんの時代性を。井上ひさし「花石物語」では、焼き鳥に託された庶民のしぶとい底力を。永井荷風「〓東綺譚(ぼくとうきたん)」/湯本香樹実「岸辺の旅」で取りあげる白玉には、言霊(ことだま)のありかを指摘する。

 百種百様、てんでんばらばらの食べ物がしだいにひとつながりに思われてくるのは、食べ物の向こうに日本あるいは日本人のありさまが浮かび上がってくるから。むろん、それこそが作家たちの目論(もくろ)みだった。

 文芸記者ならではの見解やエピソードも盛り込まれている。晩年、九十三歳の井伏鱒二を取材したときのこと。著者の質問に長らく沈黙、ようやく発した言葉は「お酒、飲もっか」だったという。

 惜しみなく表明するのは、吉本隆明へのシンパシーだ。カレー、肉じゃが、焼き蓮根(れんこん)、レバカツ…。吉本はしばしば登場し、締めくくりに措(お)くのは吉本料理の代表作「ネギ弁当」の一編。「美味(おい)しく、ひっそりとして、その頃は愉(たの)しかった」という本人の一文を引く。「料理の味は思い出に関わっている部分が大きい」と考える吉本のこの言葉は、文学がなぜ「おいしい」のか、著者にとって道しるべだったに違いない。

 百編に一点ずつ、吉本隆明の長女、ハルノ宵子(よいこ)が描くイラストレーションが添えられている。これがまた素敵(すてき)なのだ。写実的ながら、手を伸ばすとふっと消える蜃気楼(しんきろう)のよう。記憶のなかの百の食べ物と通じ合っている。

(作品社・1944円)

共同通信社編集委員・論説委員。著書『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』など。

◆もう1冊

嵐山光三郎著『文人悪食(あくじき)』(新潮文庫)。37人の文士の食卓模様。

 

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