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【書評】

四苦八苦の哲学 生老病死を考える 永江朗著

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◆避けられぬ苦悩 巧みに言語化

[評]釈徹宗(僧侶・宗教学者)

 仏教が説く四苦(生・老・病・死)というテーマを哲学で読み解こうとする著者の営みをまとめた一冊。もともとは「哲学自習帖(ちょう)」との仮タイトルで綴(つづ)られたものらしい。

 四苦は仏教の中心的テーマである。生まれた以上避けることができない根本的な苦悩であり、この四苦とどのように向き合うのか、四苦をどう解体するのか、四苦をどう引き受けていくのか、そこに仏道がある(この四苦に、求不得苦(ぐふとくく)・愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えて八苦と呼ぶ)。本書は、死苦・病苦・老苦・生苦の順に論考することで、読者を最後まで引っ張る構成となっている。

 中でも「老いについて」の論考は読み応えがある。ボーヴォワールの『老い』を手がかりに、老いの苦悩に肉迫していく。この章に「ゴム紐(ひも)に印をつけて伸ばしたような感覚とでもいえばいいか。老齢期のはじまりが遅くなっただけでなく、(中略)青春・朱夏・白秋・玄冬。すべてが長くなり、そのぶん、白秋も玄冬もはじまりが遅くなった」とある。以前からこの印象をもっていたのだが、「ゴム紐に印をつけて伸ばしたような感覚」との表現に出会えてよかった。うまい言い方がないものかと思っていたのだ。確かに現代人の人生は、全般的に薄く延ばされた感じである。長く生きることによって、深まっているわけでも、進化しているわけでもない。

 著者の祖父は浄土真宗の僧侶であり、父はマルクス主義者であったらしい。肌感覚的に親しさをおぼえる仏教と、長年鍛錬されてきた哲学的思考とがせめぎ合う。各章で読み手の感覚にエッジを立てるような語りが並ぶ。やはりウンベルト・エーコが言ったように、論理化できないものは、物語るしかない。

 生老病死について、自分の思いがあるのだが、なんだかうまく言語化できない。そんな人には本書をお薦めする。きっとぴったりの表現に出会うに違いない。言語化する。物語化する。それだけでも、生老病死の苦悩をほんの少し手元に引き寄せたことになるのである。

(晶文社・1836円)

1958年生まれ。フリーライター。著書『おじさんの哲学』など。

◆もう1冊 

方波見(かたばみ)康雄著『生老病死を支える−地域ケアの新しい試み』(岩波新書)

 

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