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【書評】

10億分の1を乗りこえた少年と科学者たち マーク・ジョンソン&キャスリーン・ギャラガー著

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◆奇病をめぐる苦難と克服

[評]石浦章一(同志社大特別客員教授)

 「世界初のパーソナルゲノム医療はこうして実現した」という副題を見ると、個人レベルの遺伝情報を生かした最新医療の解説本のように見られるが、そうではなく、涙の乾く間もない母と子、そして医者と遺伝学者の苦難の物語である。

 二歳の息子が食事のたびに腸に小さな穴が開き、皮膚から便が漏れるという奇病におかされているのを知った母親の驚くべき対応など、ドラマ仕立てが似合いそうな場面もいくつかある。特に、当事者のニック坊やの全エキソン(タンパク質生成に関与する遺伝子領域)を読もうと全員が協力するようになる段階は圧巻である。遺伝子解析を率いた学者ジェイコブが、配列を読み終わって責任遺伝子を同定したあと、元気になった患者ニックに初めて会う場面はなかなかいい。

 話の途中に出てくる遺伝子診断についても興味深いことがあった。子どもに遺伝子変異が見つかった場合、親の遺伝子も調べるのだが、DNA鑑定全体の3〜4%で本当の親子関係になかったことが図らずもわかることがある、という厳しい現状には驚いた。

 しかし、科学の本として物足りないのは、著者が科学者でなくジャーナリストだからだろうが、本当に書いてほしい遺伝子の名称や機能が抜けているのは残念である。また書かれた二年前に比べて格段にゲノム医療が進歩しているので、話の進みが遅いと感じるのは仕方ないだろう。

 母親の遺伝子に変異があって男の子に病気が現れる伴性遺伝のことや、母親がこれを負担に感じることなどが強調してあるが、これも一九八〇年代にあった有名なデュシェンヌ型筋ジストロフィーでの話が再現されているだけである。ヒトの遺伝子数が二万一千ちょっとなら、二万ほど同様な話があるわけだ。

 ここ数年のゲノム医療の進展はすばらしいものがある。たとえば、がんでは遺伝子変異によって使う薬も違ったり手術を選択したりする時代が来ている。最新医学の進歩をちょっと眺めてみようという方には最適な本である。

(梶山あゆみ 訳、井元清哉 解説、紀伊国屋書店・1944円)

ともに米国のジャーナリスト。本書の内容の報道でピュリツァー賞を受賞。

◆もう1冊

小長谷(こながや)正明著『難病にいどむ遺伝子治療』(岩波科学ライブラリー)

 

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