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【書評】

銀河食堂の夜 さだまさし著

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◆常連客の隣で、笑って泣いて

[評]南沢奈央(女優)

 最近、一年以上通っていた飲食店で初めて「“いつも”ありがとうございます」と店員さんから声を掛けられた。ついに常連になれた! 頬を緩ませてレモンサワーのおかわりを頼んだ。その夜は、いつもより気持ち良く酔った。

 いろんなお店に足を運ぶのも楽しいけれど、“常連”に憧れてしまう。たとえば、物知りでダンディなマスターが居て、地元の常連さんが集い、お馴染(なじ)みのやりとりが繰り広げられている。場所は風情ある東京下町なら、なお良い。手の込んだ料理と美味(おい)しいお酒を楽しみながら、他では聴けないおもしろい話に耳を傾け……。そう、まさに「銀河食堂」のような飲み屋の常連になりたいものだ。

 銀河食堂を舞台に、個性豊かな常連客たちが語る不思議な物語、全六篇で紡がれる連作長篇。目次を見るだけで心躍るのはタイトルの妙。「ヲトメのヘロシ始末『初恋心中』」、ヘロシさんってどんな人なの、ヒロシの間違いじゃないのって読み始めると、ちゃんと訳があって。落語「品川心中」を彷彿(ほうふつ)とさせる題でどんな話になるのかと期待は高まるばかり。予想の斜め上をいく展開に引き込まれ、鮮やかなサゲの余韻に浸る。

 のめり込むようにして一気に読めたのは、文章の語り口と場面の転換が心地よいからだ。人物が語り始めて過去の回想シーンに入るのだが、場面はこまめに銀河食堂に戻る。話を聴いている他の客たちのリアクションが描かれ、あぁ同じことを疑問に思っていた、とか、そういう見方もあるのね、と気付く。早く続きを聴かせてよ、と思っているところで、また過去のシーンへと入っていく。

 読後、小説を読んだ感覚ではなく、まるでそこで話を聴いたような親近感を抱いている。常連さんたちと一緒になって、笑って泣いていた。

 同じ場所で、ひとつの物語を共有することで“情”が連鎖していく――、わたしももう銀河食堂の“情連”と言っていいだろうか。……いや、“常連”になれるように、また銀河食堂の夜にお邪魔させてもらいたい。

(幻冬舎・1500円)

1952年生まれ。シンガー・ソングライター、作家。著書『解夏』『眉山』ほか。

◆もう1冊

さだまさし著『酒の渚』(幻冬舎)。酒と酒場と人をめぐるエッセー。

 

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