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【書評】

踏み絵とガリバー 松尾龍之介著

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◆英蘭の関係を軸に読み解く

[評]加藤宗哉(作家)

 スウィフトの『ガリバー旅行記』で、ガリバーが日本を訪れ「踏み絵」の前に立たされそうになった、と知る人はおそらく稀(まれ)だろう。本書は、英国人である作者が主人公になぜ「オランダ人に課せられている踏み絵は勘弁してほしい」と言わせたかを、当時におけるイギリスとオランダというキリスト教の新教国同士の関係を軸に解きあかす。

 ガリバーの日本行きは「小人国」「大人国」の後の第三篇にある。一七〇六年、ガリバーは三度目の航海に出てラピュータ国に漂着、そこからラグナグ国を経て日本へ渡る。日本だけが実名というのは奇妙だが、このとき日本は鎖国中で、中国、朝鮮を除けばオランダしか交易は許されていない。そこでガリバーはオランダ人になりすまして祖国へ戻ろうと企てた。上陸は日本の「南東部(おそらく関東地方)の港町ザモスキ」、持参したラグナグ国王の親書のおかげで江戸にたどり着き、将軍にも謁見(えっけん)。長崎から無事ヨーロッパへ帰着した。

 ガリバーが言ったように、果たしてオランダ人たちは踏み絵を課せられていたのか。著者は資料をもとにこれを肯定するが、興味深いのは踏み絵に対する海外からの見方である。たとえばジョン・万次郎の描いた踏み絵に聖母子ではなく何の変哲もない二人の人物が描かれたように、そこに込められた日本特有の信仰の複雑さや哀(かな)しみは異国の理解するところではなかった。

 それでもスウィフトがガリバーの物語に踏み絵を登場させた意図を、著者が“オランダに対するイギリスの対抗心”としているのは目を引く。オランダが世界の覇者であった時代(十七世紀半ば〜十八世紀半ば)にスウィフトは生きていて、たび重なる英蘭戦争もあり、オランダを見返したいという意識がイギリス人には潜んでいた。そこで“オランダ人は踏み絵を平気で踏んだが、ガリバーは踏まなかった”と書いて、イギリス人からの喝采を得たい−。

 十九世紀半ばには「信仰を侮辱するもの」として日本から消えた踏み絵をめぐる、歴史の意外な見つめ方である。

(弦書房・2052円)

1946年生まれ。漫画家・洋学史研究家。著書『鎖国の地球儀』など。

◆もう一冊

安高啓明(ひろあき)著『踏絵を踏んだキリシタン』(吉川弘文館)

 

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