東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > Chunichi/Tokyo Bookweb > 書評 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【書評】

ミッテランの帽子 アントワーヌ・ローラン著

写真

◆転々、持ち主の人生好転

[評]師岡カリーマ(文筆家)

 一九八〇年代、パリ。しがないサラリーマンが、妻子の留守中に洒落(しゃれ)たブラッスリーで一人食事をする。奮発して、牡蠣(かき)やワインを注文。ところがしばらくして、隣のテーブルに別の客が到着する。それが現職大統領ミッテランときたから、もうせっかくの料理も味わうどころではない。さらに大統領が、彼の手の届くところにフェルト帽を置き忘れて退席してしまった。すぐそこに、大統領の帽子。あなたならどうする?

 サラリーマンはこれをくすねるという行動に出た。その瞬間から、彼の運命は急変する。大統領の帽子をかぶっているだけで突然自信が湧き、上司に向かってそれまでならあり得なかった大胆な発言をして、トントン拍子に栄転が決まるのである。

 その人の持ち物を手にしているというだけで、これまで埋もれていた力が湧き出てくる。そんなカリスマ性のある政治家が、今の日本にいるだろうかと思うと少し寂しい。

 サラリーマンはその後、不覚にも帽子を列車に置き忘れてしまう。それを機に帽子は次々と持ち主を代えていくのだが、そのたびにその人の、それまで鬱屈(うっくつ)としていた人生は大きく好転するのである。ただし、幸運が降って湧くわけではない。その人が殻を破り、雑音に惑わされることなく何らかの行動を起こすことで、何かが起きるのだ。

 帽子を手にすることで湧き出てくる、一見他人みたいな本当の自分。鍵となるのは、自信とちょっとした勇気。それだけで、人生は変えられる(のだとしたら、あなたはどうする?)。

 まだインターネットが普及していない時代のフランスを舞台に、パリのエスプリを象徴する小道具の数々−香水やアート、ルイ十六世様式の箪笥(たんす)、サルトルの引用など−をちりばめ、さらに当時のニュースやポップカルチャーを絡めた現代のお伽話(とぎばなし)。控えめなウイットに富んだ知的な気晴らしであると同時に、「何かが違う」と思いながらも、まあまあな日々の暮らしを惰性で重ねてしまっている現代人への応援歌でもある。

(吉田洋之訳、新潮クレスト・ブックス・2052円)

1970年代初頭、パリ生まれ。作家。4作目の本書はランデルノー賞等を受賞。

◆もう一冊

ミシェル・ヴィノック著『ミッテラン−カトリック少年から社会主義者の大統領へ』(吉田書店)。大嶋厚訳。

 

この記事を印刷する

PR情報